(1) ミッターマイヤーに自分の父親のことを聞いたとき、フェリックスは正直言ってそこまで驚かなかった。ミッターマイヤーには黙っていたが、学校ではいろいろと聞きたくないことも聞かされていたのだ。 「お前、自分の父親を殺した男と一緒に暮らしてるんだぞ」 けんかのたびに、そう言われた。 でも、ミッターマイヤーには言ってはいけない。フェリックスはそう思っていた。 それが何よりもミッターマイヤーを苦しめていることを、フェリックスは知っていたから。 だから、ミッターマイヤーの口から自分の父親のことを聞いたとき、正直言ってフェリックスはほっとしたのだ。これで、心の重荷が下りたような気がした。 そして、密かに気になっていたこと・・・自分の存在は、もしかしたらミッターマイヤーにとって負担なのではないかということが、思いこみにすぎなかったことを知ったのだ。 フレイアが、フェリックスが実の兄でないことを知ったのは、彼女の10歳の誕生日だった。好奇心の強い彼女は、父親がフェリックスに話していることを、すべて立ち聞きしてしまったのだ。 「お前は父親に似ているよ」 と、父はフェリックスに言った。 フェリックスに似ているという、フェリックスの父親を知りたい、見てみたい。 フレイアはそう思った。 ミュラーに頼み込んで、記録映像を見せてもらうことができた。 その映像の中の双璧は、いつもお互いを信頼しているように見えた。 スクリーンの中の、ロイエンタールと一緒の時の若い父は、今までフレイアが見たことのないような表情を見せていた。 あの表情がなくなってしまったのは、自分の半身が失われたから。 では、わたしではだめだろうか? そう思い、ロイエンタールになりたいと願ってきた。 その思いは、やがてロイエンタールへの、恋ともいえる感情へと変わっていった。 それがはかない思いだと気がついたのは、いつだっただろう? 気がついたら、思いを寄せる相手が変わっていた。 そして、月日は流れて。 ミッターマイヤーはフェリックスに母親の話をしたことがない。 いや、したくてもできない、というのが本当のところかもしれない。 リヒテンラーデ一族の女。 ロイエンタールを窮地に追い込んだこともある女。 フェリックスの母親。 ・・・彼が知っているのは、それだけなのだ。 話ができるはずがない。 ミッターマイヤーは正直言って、エルフリーデという女に好意を持っていない。 あの女がいなければ、という気持ちは今でもある。 「でも、教えてあげなければいけないわ」 とエヴァは言う。 「子どもを愛さない母親はいないもの・・・それに、母親に愛されていないと思ってしまった子どもは不幸ですもの」 「母親は君だろ?エヴァ」 「それは違うわ、ウォルフ。フェリックスにとって、母親はエルフリーデさんなのよ」 「・・・」 「今度の休み、ぼくにつきあわない?」 フェルに突然そう言われ、フレイアはちょっとだけフェルを見る。 そして、すぐに膝の上の本に目をやる。 「どこに?」 「お墓参り」 フェリックスはフレイアの手から、本を取り上げる。 「あん、なにをするのよ」 「もうすぐ卒業だろ?だから」 「ああ、そっか」 フェリックスは、オスカー・フォン・ロイエンタールの墓所に士官学校卒業の報告に行くらしい。でも。 「ちょっと待ってよ、フェル。ロイエンタール元帥のお墓がどこにあるか、知ってるの?」 「知らない」 「知らないのにお墓参りに行く気?」 「今から捜すんだよ」 「どうやって?」 ・・・・・・二人は顔を見合わせる。 そもそも、大逆犯であるロイエンタールに墓があるのだろうか? 自分の誕生日、ミッターマイヤーはいつもどうしていただろう? そういえば、午前中はいつもどこかに行っていた。 あれはお墓参りだろうか? でも、さすがにミッターマイヤーに聞くわけにはいかない。 「ハインリッヒ兄さんなら知ってるかもしれない」 フェリックスが、つぶやくように言う。 「だって、父さんが・・」・・・フェルは、最近になって、ようやく自分の血統上の父親を「父さん」と呼べるようになった。不思議なことだが、彼にとっての父親は、あくまでミッターマイヤーなのだ。たとえミッターマイヤーが自分の父の死に深く関わっていようとも、その気持ちは変わらない。 「・・・父さんが死んだとき、兄さんはずっとそばにいたんだ。きっと何か知ってるよ」 「もしも、お墓がハイネセンだったら、ハイネセンまで行くの?」 「行く」 「バーラト星系は自治区よ。危険じゃない?」 「なんだよ。本当にウォルフの秘書になったみたいな言い方だな」 「・・・いいじゃない」 フレイアは、フェリックスの手のひらをきゅ、とつねる。 「でも、ハインリッヒ兄様は今宇宙よ」 そう、ハインリッヒはイゼルローンにいる。 イゼルローン駐在司令官ワーレンの艦隊でその手腕を発揮している。 「じゃあ、聞けないじゃない」 「そうだね・・・他には誰が?」 「ミュラー提督も宇宙だし、ビッテンフェルト提督は教えてくれそうにないし」 「・・・じゃ、あっちから攻めてみるか」 「・・・知りませんよ、ロイエンタール元帥の墓所のことは」 バイエルラインはとまどったように言う。 「どうしてわたしにそう言うことを聞くのです?」 「だって、バイエルライン閣下は双璧の争覇戦の時、ウォルフと一緒にいたんでしょう?だから、知ってるじゃないかと思って・・・」 フェリックスのその問いに、 「あのときは閣下が心配でしたので、そんなことまで気がまわりませんでした」 と、バイエルラインは苦笑しながら答える。 フェリックスに聞かれると、なんだかヴァルハラからロイエンタールがやってきたような気がしてならない。 もちろん、似ているからといってもロイエンタールとフェリックスでは全く違っているということも承知のバイエルラインである。 「ビューロー閣下ならご存じかもしれません」 「ビューロー?だめよ」 即座にフレイアが言う。 「ビューローはあのとき、目の前で僚友を亡くしているのよ。聞けないわ」 「・・・ぼくには気を遣ってくれないのに、ビューロー提督には気を遣うんだね」 フェリックスがぶつぶつ言う。 「あら?嫉妬してくれたの?」 そう言うフレイアは嬉しそうだ。 「まさか」 「うそつき」 フレイアはフン、とそっぽを向く。 そんな若い二人を、バイエルラインが見ている。 (この二人、うまくいくのかな?) バイエルラインのような朴念仁にも、二人がお互いに思っていることぐらいわかる。 ・・・目の前で、かつての双璧にうり二つの二人がいちゃいちゃしている様子は、あまり気持ちのいい図ではないが。 バイエルラインにとっても、それは何とも言えない苦い記憶を思い出させる。 あの日の、敬愛する上司の嗚咽を。 「・・・戦後処理をされたのはワーレン提督でしたから、ワーレン提督なら何かご存じではないですか?」 「・・・ということは、お墓はハイネセンなんだね?」 フェリックスが確かめるように、バイエルラインを見やる。 「ハイネセンです」 「なら、12月16日には、ウォルフはいつもどこに行っているの?」 フレイアが聞くと、バイエルラインはまじめな顔になり、 「宇宙港です。トリスタンがつないであるドックに。そこで、半日過ごされます」 「今も?」 「はい、今も」 かつての友の旗艦で、友の座っていた椅子にすわり、ミッターマイヤーはヴァルハラの友に、なにを語りかけているんだろう? ・・・訳のわからない気持ちが、フレイアと、フェリックスを支配する。 怒りではなく、悲しみでもなく、でも、なにかせつないようないらだつような気持ち。 「・・・じゃ、ハイネセンに行かなくっちゃ」 フレイアが笑って言う。 父親譲りの全開の笑顔ではなく、どちらかと言えばフェルの父親に少し似た笑顔だ。 「遠いね」 フェリックスが考えるように言う。 「片道2週間よ。本当に行く?」 「・・・そうだね」 「じゃあ、ついて行ってあげる」 「・・・あの、二人で?二人きりで?」 「そうじゃない?」 「いいの。フレイア、その・・・」 「大丈夫よ。フェルには寝込みを襲うだけの器量はないでしょ?」 「フ、フレイア!!」 突拍子もない声で、フェリックスが叫ぶ。 「だめです、そういうことは。結婚するまでは」 と言おうとも思ったが、自身ができちゃった結婚だっただけに忠告できなかったバイエルラインだった。 |
発作的に書き始めてしまった(^.^;
必死ぶりにバイエルライン登場です。でも、ちょこっと出てきただけ・・・ははは(^.^;