夢よもう一度

(3)


いつものように馬主専用席へと提督方を案内するミッターマイヤー。
しかし、今日ばかりは注意を一つ。

「いいか、今日は国際G1なんだ。フェザーンや・・もしかしたら同盟の馬主も来ている可能性がある。
それなりの品位を保てよ」
なんだそりゃ?と言う顔の提督方。
例によって、こう言うときに口を開くのはビッテンフェルトだ。
「なんだと?そんなことがあるのか?その・・・同盟の」・・・叛乱軍、とはいえないらしい。
こう言うとき、なんと言えばいいのか。
(一応同盟でいいか)
ちょっとした心の葛藤を抱きつつ、ビッテンフェルトは続ける。
「・・・同盟の人間が、たかが馬のために来るというのかぁ?」
「馬主は一応フェザーンの人間になっている。いわゆる名義貸しだが、まあ、ここでは黙認だな」
「名義貸し?」
「本来馬主ににある資格のない人間が、他人の名前で馬を登録することだ。
本来は反則だが、フェザーンと同盟の間ではよくあることだ」
「・・・たかが馬のことで、そんなに危険を冒しますかね?」
・・・ミュラーのもっともらしい問いに、身に覚えのあるミッターマイヤーとロイエンタールを除く提督方がみな頷く。
ロイエンタールはミッターマイヤーをちらりと見、ミッターマイヤーはその視線を受けて苦笑する。


同盟領で見た、真昼の夢。


あのときの馬が、今日は新馬戦、つまりデビューをするのだ。



馬主席の一角。出走表を見つめていた長身で彫りの深い洗練された容姿の男がつぶやく。
「ほう・・・帝国にも閣下のファンがいるようですな」
「なにかあったのかい?」
黒髪の学者風の男が返す。
「いえね、あの馬の名前を見てください」
「どれどれ・・・あれ?先輩の旗艦の名前じゃないですか」
そばかすが印象的な、もつれた毛糸のような鉄灰色の髪の青年がつぶやく。
「そうなのかい?」
そう言いながら黒髪の青年が双眼鏡を覗く。・・・何となく見覚えのある馬だ。
(あの馬は・・・確か・・・)

出走表を見返すと、確かに馬名の所に「ヒューベリオン」とある。
そして、馬主は・・・。

「ウォルフガング&エヴァンゼリン・ミッターマイヤー?」
そばかすの青年、ダスティ・アッテンボローが少し大きな声で言う。
「馬主は、もしかしたらあの疾風ウォルフですか?」
「もしかしなくてもそうだろう」
黒髪の青年、ヤン・ウェンリーが淡々と言う。
「これは光栄だな」
と、素直に喜んでいるヤンである。
「そんなこと言って、ここは敵地ですよ。もしも『疾風ウォルフ』が来ていたらどうするんです?」
「そのときはおれが一戦交えてやりましょうか?
『疾風ウォルフ』は白兵戦もなかなかのものと聞いていますし」
洗練された容貌の男、ワルター・フォン・シェーンコップが不敵に笑う。
ヤンはそれを聞き、声を潜めて言う。
「一戦交えてくるかい?そこにいらっしゃるよ」
驚いてアッテンボローとシェーンコップがまわりを見ると・・・
自分たちから少し離れたところにたむろしている、同業者とおぼしき立派な体格の一群を見つける。
その中に、やや小柄な、蜂蜜色の髪の童顔の男が一人。
明らかにこちらを見て驚いた顔をしている。
「あの、かわいこちゃんが、『疾風ウォルフ』ですか?」
アッテンボローが少し驚いたように言う。
軍服を脱いだ彼は、どう見ても「帝国軍最高の勇将」には見えない。
しかし。ヤンは自分でも確認するかのように言う。
「ああ、そうだよ。彼があの『疾風ウォルフ』だ・・・どうやら向こうもこちらに気がついたようだね」

『疾風ウォルフ』は、ヤンを認めると最初は驚いたような顔をしたが、笑顔を見せて近づいてきた。
「お久しぶりですね」
流ちょうな同盟公用語。
「ああ、こんにちは。・・・あのときの馬ですか?」
ヤンも無理をして帝国公用語で話す。
しかし、こちらはお世辞にも上手とは言えない。
(先輩、意地を張っちゃって)
アッテンボローがあきれ顔になる。

しばらく二人を見つめていたシェーンコップが、帝国公用語で言う。
「これは驚きました。お二人はお知り合いですかな?」
「ああ、シェーンコップ・・・以前ね」
「草原がきれいな惑星でしたね」
「ああ、あそこはわたしも馬を委託していますよ」
「・・・では、今日はあなたの馬が出走なさるんですか?」
「まあ、そう言うことです」
シェーンコップの代わりに、ヤンが返事をする。
ミッターマイヤーは彼の頭の中の記憶層を探り・・一つの結論を導き出す。
「ヘル・ワルター・フォン・シェーンコップ?薔薇の騎士団の?」
「今日はただの馬好きの亡命者ですよ」
「・・・確かに」
ミッターマイヤーはにこりと笑い・・・魅力的な笑顔だ・・・右手をシェーンコップに差し出す。
「ようこそ、帝国中央競馬に。今日のドリームレースをお互い楽しみましょう・・・
と言ってもわたしの馬はメインレースには出ていませんが」
「いえいえ、馬券を当てて、ぜひ帝国の財政を圧迫したいものです。・・・あの馬で」
「では、わたしも同盟の馬にのってぜひ馬券を当てたいものですね」
二人は、顔を見合わせ、笑う。

「おい!ミッターマイヤー!どの馬を買えばいいんだ!?」
ビッテンフェルトの大きな声に、ミッターマイヤーが苦笑する。
「すみません、失礼します。・・・彼は初心者なもので」
「いえ、またあとでゆっくり話しましょう」
「・・・できればですね」
そう言うと、ミッターマイヤーは提督方の一群に戻っていく。

「・・・いい人ですね」
アッテンボローがつぶやく。
「ああ、少なくともおれよりはいい人間らしいな」
シェーンコップが同意するように言う。
「あの笑顔をポスターにして出馬するなら、次の選挙ではきっとトップ当選でしょうね。
・・・ぜひ同盟にほしい人材だな。少なくともトリューニヒトよりもましじゃないですか」
「そう言うまともな人間と戦っているからなかなか勝たせてもらえないんだな」
「戦場では、敵ですからね」
「では、今日は勝たせてもらおう」
ヤンが笑って宣言する。
「あれ?先輩はギャンブルは嫌いじゃなかったんですか?」
「・・・戦略上、たまには大きな賭に出ることも必要だろう?」
「もっともですな」
シェーンコップが同意する。


今日は国際G1、ドリームレース。
あなたの、そして、わたしの夢が走る。



あなたの夢は、どこにありますか?


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・・・初めて、こんなに長く同盟の人々を登場させて書きました。
ファンの方には「こんなじゃない!」と言われるかもしれませんが、書く作業は結構楽しかったです。
来週はG1のレースはないし、もしかしたらこの話、続けるかもしれない・・・。