(2)
written by みつえ
| ミッターマイヤーは海鷲にいた。 執務の関係で遅くなるロイエンタールを待っているのだがなかなかやってこない。 「・・・遅いなぁ。あいつがこんなに手間取るなんて、きっと何かトラブルがあったのかもしれない」 そう思いつつ、ミッターマイヤーはワインをグラスに注ぐ。 そのとき。 「お一人とは、珍しいですね」 穏やかな声。 「ああ。ミュラー、卿か」 「ご一緒してもよろしいですか?」 「ああ、ロイエンタールを待っているんだ。 飲む約束をしてな・・・卿も一緒にどうだ?」 「ご迷惑ではありませんか?」 「卿ならいつでも歓迎だ」 ミッターマイヤーは椅子を勧める。ミュラーは勧められるまま、テーブルに着く。 ミュラーの目の前に、新しいワイングラスが置かれる。 「どうだ?彼女とはうまくいってるのか?」 ・・・どうやらミッターマイヤーはミュラーの恋について、かなり正確な情報を手に入れたらしい。 すでに、先日「妹」と紹介した女性が実はそうではないことを知っている。 二人の仲がどこまで進展しているのか、も。 「ええ、まあ・・・女性の心は難しいですね」 「うまくいってないのか?」 「いえ、そうではないのですが・・・。ちょっといろいろありまして」 「若い女性心理は複雑だからな。大丈夫だ。卿を好ましく思わぬ女性などそうはいない」 「閣下のお墨付きなら、まあ、安心ですが・・・」 少しためらったあと、ミュラーは顔を上げる。 「閣下、あの・・・」 「なんだ?」 「閣下は奥方に愛を告白されるとき、花束を持って行かれたのですよね」 「ああ。その話か」 ミッターマイヤーは苦笑する。 この話は軍の内部ではかなり有名になっているらしい。 一世一代の勇気を振り絞って、花束とケーキと共に、かなり不器用なプロポーズだった。 おまけに持っていった花束が黄色いバラと来ている。 「卿は花言葉を知らぬのか?よく奥方がプロポーズを受けたものだ」 と、ロイエンタールにさんざん言われたものだ。 「誰にも言ってないのだがな、実はあの話には続きがあるんだ。聞きたいか?」 「続きですか?ぜひ聞きたいですね」 ミュラーという男は不思議な男で、自分でも「不思議といろいろな場面に遭遇する」と言っているが、なにか、こういう話を話したくなる雰囲気を持っている。 ・・・と言っても、そこまで秘密にする話ではないのだが。 「あのプロポーズのあと、ロイエンタールにさっそく報告したんだ。 するとな、ロイエンタールは初め目を丸くしていた」 「ロイエンタール提督が目を、ですか?」 「ああ。よほどおれのやったことに呆れたらしい。 『卿は女性に花を贈るのに、花言葉も調べずに送るのか?黄色いバラの花言葉も知らぬのか?』 とさんざん言われた」 「黄色いバラの花言葉も知らぬのか?」 ロイエンタールにそう言われてミッターマイヤーは素直に頷いた。 「で、でも、バラの花言葉なら知っている。愛していますだろ?」 「バラの花言葉は、色によって違うんだ。よりによって黄色とはな・・・」 「気になるな、教えてくれ」 「黄色いバラの花言葉はな、『薄れゆく愛』とか『嫉妬』とか言うんだぞ」 「・・・そ、それは・・・知らなかった」 「卿の恋人が花言葉を知らなくて幸いだったな。いや、それとも知っていて黙っていたのかもな・・・」 「・・・・・・」 お、おれは、おれは、なんてことを!! それ以来、ミッターマイヤーはあえて自分のプロポーズの話題をエヴァにすることは避けていた。 花が大好きなエヴァが、花言葉を知らないはずがないのだから。 そして。 結婚式の直後、初めての二人きりの夜。 ミッターマイヤーは緊張している。 エヴァも、緊張している。 二人の会話が、ぎこちないものになる。 「あ、あの、エヴァ」 「はい、ウォルフ様」 「あ、あのさ、結婚したんだから、ウォルフ様は、もう・・・」 「は、はい、・・・ウォルフ」 そのまま二人黙りこくってしまう。 目のやり場に困って、ミッターマイヤーが部屋を見渡すと・・・ サイドテーブルに花が飾ってある。 それも、よりによって、黄色いバラだ。 「・・・・・・」 ミッターマイヤーは自分の不器用なプロポーズを思い出し、ますますどぎまぎしてしまう。 やがて、エヴァが口を開く。 「・・・あの、ウォルフ・・・」 「・・・・・・う、うん、なに?」 「あのときの・・・黄色いバラ、うれしかった・・・」 「え?」 「・・・だから、あそこに同じ黄色いバラを飾りましたの」 「それ・・・」 皮肉? そう思わず言おうとしたが、エヴァがそう言うことを言わない女性であることを、何よりもミッターマイヤーがよく知っている。 「どうして?エヴァは花言葉を知ってるんだろう?その・・・黄色いバラの」 「あなたはご存じでしたの?」 「い、いや・・・あとでロイエンタールにさんざん言われたよ。プロポーズに使う花じゃないってな」 「黄色いバラには『友情』という意味もあるんですのよ。あなたにぴったりですわ。 何よりも友情を大切になさる、あなたに」 「え・・・・・・?」 「それと・・・もう一つ」 「うん?」 「開きかけの黄色いバラには、『君のすべてが可憐』という意味があるの」 開きかけの黄色いバラは『君のすべてが可憐』 開いてしまうと『嫉妬』 散る間際の黄色いバラは『薄れゆく愛』 「じゃあ、エヴァはまだ開きかけだね」 柄にもなくきざなことを言って、ミッターマイヤーが少し赤くなる。 「・・・でも、そのうちに開いてしまうかもしれませんわ」 「でも、それもおれを愛してくれているからだろう?」 ・・・そこまで話して、ミュラーがにやにやしてこちらを見ていることにミッターマイヤーは気がつく。 「な、なにかおかしいのか?」 「いえ、閣下、かわいいですね」 「ば、ばか!年上をからかうものではないぞ!」 そう言うと、照れ隠しにワインをぐいと飲む。 「で、卿はなにか相談があるのではないか?卿の恋人とのことで」 いきなり核心をつかれて、ミュラーが口ごもる。 さすがは疾風ウォルフ、反撃の早さはたいしたものだ。 しかも、なかなかいいポイントをついてくる。 (もしかして、ミッターマイヤー提督は今日のことをご存じなのではないか?) とミュラーは思ったが、それならそれで都合がいい。 「実は・・・ミッターマイヤー提督はスズランの花言葉をご存じですか?」 「スズラン?知らないでもないが ・・・ほら、士官学校の中庭には5月になるとスズランが咲いていただろう?」 「ああ、そうでしたね」 「5月になるとなぜか近くの女子学生が摘みに来ていただろう?」 「どうしてですか?わざわざ5月に」 「なんだ、卿は士官学校時代に女子校生と付き合ったことはなかったのか?」 「はあ、ありません」 「じゃあ、知らないのも無理はないな。いいか、5月1日はミューゲの日というんだ」 「ミューゲの日、ですか?」 「ああ、この日にスズランを送ると、送られた人は幸せにあるというんだ。 それに、女性が男性に送ると、愛の告白になるんだそうだ」 「そうなんですか・・・閣下はよくご存じですね」 「ああ、まあな」 ・・・このことを聞いて以来、5月1日には、エヴァには愛を込めて、親友には「幸せになってほしい」という願いを込めて、スズランを送るのがミッターマイヤーの習慣になっているのだが、ミュラーはそんなことは知らない。 いや、そんなことはどうでもいい。 もしかしたら・・・ミュラーは、何かが分かったような気がした。 「今日は・・・何日ですか?」 「今日は、だから、ミューゲの日だろ?5月1日」 「じゃあ、今日スズランをもらうと・・・」 「・・・そういうことになるな」 今日はミッターマイヤーは朝からスズランを摘みに出かけ、エヴァに一束、ロイエンタールの執務室に一束、いつもの気持ちを込めて届けたのだ。 その礼に、これもいつものことだが、410年もののワインの逸品をともに飲もうということで、たった今、ロイエンタールと待ち合わせているのだ。 もちろん、そんなことはミュラーのあずかり知るところではないが。 「実はミッターマイヤー提督、さっき、セリナからスズランの花をもらったのです」 「ほう、それはよかったではないか」 「はあ、・・・しかし、わたしは知らなかったのです・・・ その・・・それが何を意味するかを・・・それで・・・」 ミュラーは先刻の出来事を話す。 「ああ、セリナ嬢が怒ったんだな」 「・・・人ごとのように言わないで下さい」 ミュラーはため息をつく。 「わたしはどうしたらいいのでしょうか?」 「・・・鉄壁ミュラーも女性にはなすすべなしか」 ミッターマイヤーはおもしろそうに言う。 「そうだな・・・素直に謝るしかなかろう?」 「そうですか?やっぱり・・・」 「卿は誠実だからな、心を尽くして謝れば許してもらえるさ」 「あの・・・ミッターマイヤー提督も、喧嘩などされますか?」 「おれとエヴァか?しょっちゅうだぞ。 おれはあまりそういう女性の心を理解できる方ではないからな。 いつもエヴァを怒らせている」 「・・・そうは見えないですね」 「仲を修復するのも早いんだ」 なんといっても疾風だしな、そう言って笑う。 「遅くなったな、ミッターマイヤー。・・・なんだ、ミュラー来ていたのか」 ロイエンタールがテーブルにつきながら、ミュラーを見やる。 「ああ、2人で飲んでいた。卿を待ちながらな」 「ほう、では卿もつきあうか?ミュラー。410年ものの白が・・・」 「いや、ミュラーは今から急用があるそうだ。・・・そうだな、ミュラー」 「は、はあ・・・」 「行ってやれ。今頃待ってるぞ。・・・今日中に」 「え?でも、もう遅いし・・・」 「5月1日中でないとな、やっぱり」 そういうと、ミッターマイヤーはミュラーを海鷲の外へと押し出す。 「あ、花束とケーキだけは持っていくなよ。軍の語りぐさになるからな」 追いかけるようにロイエンタールが言う。 「花屋が開いていたら、アイリスとローダンセという花を包んでもらえ、いいな」 ミュラーが出ていったあと、ロイエンタールが笑う。 「・・・そういうことか」 「そういうことだ」 「しかし卿が女性関係でアドバイスできるようになったとはな。成長したものだ」 「なんだ、それは」 「いや、独り言だ」 「・・・で、何の花だって?」 「アイリスとローダンセ。卿も覚えておくといい。 アイリスは和解、ローダンセは変わらぬ思いだ」 「・・・どちらも、卿が女性に贈りそうにない花だな」 「・・・卿になら送ってもいいぞ」 ・・・ロイエンタールの頬で、ピシャン!と言う音がした。 |
Yellow Rosesの改訂版です。鏡様の小説とリンクしています。