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入園式まであと1時間半、保護者と入園児の登園まであと1時間。
園側は最後の準備に大わらわだった。
入園式というものは、園にとって最大の行事の一つ。
いつもそれなりに気を遣うのだが、今回はさらに気を遣った。


まずいつもの数倍にも及ぶ祝電・祝詞の山。
ミッターマイヤーの子どもの入園を祝うのなら自宅か国務省気付で送ればいいのに、
なぜか保育園あてにいくつも来ているのだ。
これはビューローにお願いして、
国務省のミッターマイヤーの執務室にすべて回送した。

次に、来賓の方々。
とくにいつもご挨拶をお願いしている地域の小学校の校長先生がいつも以上に緊張している。
あくまで一保護者の立場で、とはいえ、
国家権力の中枢にいる人物が見ている中、高いところから挨拶せねばならないのだ。
もしも失敗して、ご不興でもおかいしたら・・・。
そう思うと、極度の緊張が襲う。

かくして、校長先生は、自分の小学校の入学式の時よりも、丹念に挨拶を校正している。
「数年後には閣下のお子様が入学してこられるのですよ。今からそんなでどうしますか?」
そうつぶやく教頭の声など、もう耳に入らない。

また、園のPTA会長さんはかつてミッターマイヤー艦隊で通信兵として戦ったことのある人物で
(もちろん雲の上の人であるミッターマイヤーとは直接話をしたことなどないのだが)
別の意味で緊張していた。
ミッターマイヤー閣下だけならいい、バイエルライン閣下のご子息までご一緒なのだ!
(閣下の所にご挨拶に出向かなければいけないだろうか・・・)
真剣に悩んでいる。

新入園児保護者代表挨拶をお願いしているお母様も緊張していた。
いつも立体テレビで拝見しているまるで少年のようにかわいい国務尚書閣下が
自分のそばにお座りになる!
(そうとは限らないのだが、すでにお母様は妄想の世界へ・・・)
いつになく丁寧になる化粧と、いつもは袖も通さないようなブランドのスーツに身を包み、
早々と登園している。
もちろんダンナに無理矢理仕事を休ませ、
自分と国務尚書が一緒に写るであろうポジションにカメラを設置させたことはいうまでもない。
撮った写真はもちろん家宝になるし、
もしかしたら同じ保育園の保護者と言うことでテレビのインタビューを受けるかもしれない。
彼女のかわいい娘もテレビに映るかもしれない。
これは芸能界デビューのチャンス!(と思ったかどうかは定かではないが・・・)
娘にも高級ブランドのワンピースを着せて、髪もくるくるにカールさせている。


もちろん一番緊張しているのは先生方。
確かに国務尚書閣下は明るく、だれよりも公明正大で、
けして無理は言わない人物だ、ということはよく知っている。
性格も態度も気さくでいらっしゃることもよく分かった。
私服を着ていれば風貌も態度もふつうのお父さんと何ら変わりがなく、
お試し保育の間も、お庭で一緒になった園児のお母様方と親しく挨拶を交わしていた。
だからといって、ふつうの保護者の方々と同列に扱うわけにはいかないのだ。
(どうしてうちのような保育園を選ぶのだ!
その気になればフェザーン大学附属幼稚園とか、
もっと有名人の子息が行かれる私立有名幼稚園とか、たくさんあるだろうに!)
そう思った先生方も少なくなかった。
思ったが、もう入園は決まっている。
いつもの入園式よりも丁寧にお庭のお掃除をする。


しかし、いいこともたくさんあった。
「子ども達のために。あ、いや、うちの子ども達ではなく、
保育園に通っているすべての未来ある子ども達のために」
そう言って、入園が決まったとき、ミッターマイヤーは桁違いの寄付を申し出た。
申し出ただけでなく、ぽん!と現金を持ってきていた。
(もちろん、バイエルラインがそれにならったのは言うまでもない)
恐縮しつつ、ありがたく受け取ることにした。
新しい図書、新しいプール、そして園の施設の充実。
今まで以上に子どものことを考えた保育ができる体制がととのったといえるだろう。
何しろ彼が寄付した額は、
利子だけで新しくふたりの先生の給料が十分支払えるほどの額だったのだ。
さすが、もと元帥、年俸250万帝国マルクを誇るだけのことはある。

おまけに、今年の入園予定者は良家のお子様が多い。
そのほとんどが、ミッターマイヤーにならって寄付を申し出てくださっている。
額はもちろんミッターマイヤーに比べるとささやかなものだが、
それでも多額の寄付が集まってしまった。
これもミッターマイヤー効果?なのだろうか。
まあ、園の宣伝になることは確かだ。


報道陣の手前、自宅では車に乗ったミッターマイヤーだったが、
園の手前100mで車を降り、いつものように歩くことにした。
今日は子ども達にとって、一生思い出に残る日。
歩いて、ゆっくり、感動とともに登園させたいのだ。
・・・もちろん子ども達にはそういう感慨はみじんもなく、
実は自分が感慨を味わいたいのだ。

いつも見ているとんがり屋根が今日は一段と色鮮やかに見える。
それを見ると、不覚にも何かあついものがこみ上げてくるミッターマイヤーであった。

結婚後10年たって生まれた、自分とエヴァの愛の結晶。
銀河の新時代の到来と供に生まれた子ども達。
自分の、何物にも代え難い親友を失った日と同じ日に生まれた、運命の子ども達。
今日の入園式は社会人としての小さな1歩だ。

・・・と、偉そうに考えていても、
結局はただの親ばかになっているミッターマイヤーとバイエルラインであった。


入園式が始まるまで、あと40分。


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昨日は近所の保育園の入園式でした。
よくクリーニングされた春の色のワンピースに身を包んだお母様方と、
スーツ姿のお父さん達に連れられて、子ども達も楽しげに保育園の門をくぐっていました。
一人一人の子ども達の未来は無限ですよね。それはどの時代もきっと一緒でしょう。
そして子どもの健やかな成長を願う親の気持ちも。
・・・・・・しかし、疾風ウォルフの子ども達、このままおとなしく入園するとも思えないがヘ(__ヘ)☆\(^^;)