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「おいバイエルライン」 ミッターマイヤーが少々緊張した声で言う。 「なんでしょう」 バイエルラインも緊張している。 ふたりは、よせばいいのに、受付を終えたあと、 講堂の保護者席の一番前に陣取ってしまったのだ。 ただでさえ目立つのによりによって一番前・・・・・・。 またまたまたまた影でミッターマイヤーを警護していたケスラーが舌打ちをする。 ・・・まあ、それはさておき。 ミッターマイヤーは密かに感心していた。 この、世知辛い世の中。 ニュースで子どもの虐待も時々言われている。 しかし! 保育園の保護者の皆様は、みんな子どもの教育に熱心らしい。 まだ入園式が始まるまで40分もあるというのに、 講堂はもう座る席もないくらいたくさんの親御さんで、 いや、おじいちゃん、おばあちゃん達までいらっしゃているではないか。 「すごいな。こんなに祝ってもらえる子ども達は幸せだな」 一人納得するミッターマイヤー。 しかし、そのおばあちゃん達が子ども(正確には孫)ではなく、 自分たちを見たくてやってきているとは夢にも思わないのであった。 保護者席を見ているうちに、ミッターマイヤーの表情が変わる。 「おい。バイエルライン」 「なんでしょう」 ・・・・・・実はこのパターンの会話がすでに15分以上続いている。 もちろんふたりとも、そんなことには気がついていない。 「あそこのな、一番前に座っているのはフランツ・クラマー2等兵ではないか?」 「は?クラマー二等兵といいますと?」 「ベイオウルフの通信兵だった男だ」 さすが部下思いの疾風ウォルフ。 自分の旗艦の乗組員の名前と顔はすべて知っている。 「むこうは覚えているかな?」 「閣下にお世話になった人間で、閣下のことを忘れる者はおりません!」 自信を持ってバイエルラインが答える。 「よし、ここであったも何かの縁だ。挨拶してこよう」 そう言うと、部下達が止める間もなく例のPTA会長のもとへと歩いていく。 驚いたのはクラマー会長だ。 尊敬する元帥閣下が自分の方へと来てくださっている。 満面の笑顔を向けて。 「久しぶりだな、クラマー2等兵」 名前まで呼んでくださる! 「か、か、か、か、閣下、じ、自分のような者を・・・」 覚えていてくださったのですか、そこまでは声に出ない。 「一緒に叛乱軍と戦った仲だ。卿にはおれの命を助けられたこともある」 「そ、そ、そ、そ、そ、そ、・・・そんな・・・・・・・」 「卿らがそれぞれの責務を果たしてくれたことが、勝利へとつながったのだ。 卿らの働きに心から感謝しているぞ」 「も、も、も、も、も、も、も、も、も、も、も、も、も、もったいない言葉です」 あわれクラマー2等兵。すでに言語中枢が麻痺しつつある。 「卿の子どもも入園か?」 「い、い、い、いえ、わたしの子どもは、その、年中さんです」 「そうか、では卿は先輩のお父さんだな。これから世話になる」 そう言うとミッターマイヤーは頭を下げる。 「もももももももももももったいのうございます」 あわてるクラマーPTA会長。 すでに覚えてきたはずの挨拶は頭の中から消失していた。 入園式が始まり、双子は一番前の席にちょこんと座っている。 ほかの子よりもずっとかわいい、と思えてしょうがない。 もちろん親ばかと自分でも認識している。 ・・・やがて、双子の横に座っているバイエルライン・ジュニアがなにかもぞもぞ始めた。 「おい、バイエルライン」 「は、はい閣下、なんでしょう」 「ハンスはおしっこではないのか?」 言われてみてみると、確かにハンス、何かをじっと耐えているような顔をしている。 そう思うとバイエルラインは気が気ではない。 「先生は気がついてくださるでしょうか?」 「大丈夫だ。さっきから見ていらっしゃる」 さすが保育のプロだ。子ども達の動きをよく見ている。 ハンスの異変にも気がついたようだ。 そっと立ち上がり、目立たぬようにハンスに近づく。 そのとき。 「なによ!ハンス、あんたおしっこ我慢してるの??」 講堂中に響く大きな声。みんながはっ!と声の主を見る。 蜂蜜色の髪が揺れている。 「男でしょ!したいならしたいって言えばいいじゃない!」 昨日、遊びに来たビッテンフェルト提督に、 「いいか、保育園で一番大事なことは、信念をつらぬことだ」 と双子に説いていたことをミッターマイヤーは思い出した。 「しんねん?」と不思議そうに言うフレイアに、ビッテンフェルト提督はこういった。 「そうだぞ!いいことは大きな声で、悪いことはより大きな声で、だ!」 それを実践したのか、フレイア。 唖然としている保護者の皆様と先生達を尻目に、 すっくと立ち上がり、ハンスの手を引いて、 疾風ウォルフの娘に恥じぬ迅速さで、ハンスをトイレまで連れて行く。 そしてトイレの前で、さっきよりも大きな声で叫ぶ。 「いやぁねぇ、ハンス!!あんた、もう漏らしたの!!!」 明日から「おしっこもらし」のあだ名が付くのは確実のハンスは泣きたそうな顔になり、 上司の手前頭を抱えるわけにも行かないバイエルラインは、 必死にポーカーフェイスをよそおい、 ミッターマイヤーは蜂蜜色の髪をくしゃくしゃにかき回していた。 そして入園一日目にしてフレイアは保育園年少組、ちゅうりっぷ組の 実質的なボス、つまりガキ大将として君臨することになるのだった。 |
・・・・・・いるんだよね、こういう女の子(^◇^;)