愛しのベイオウルフ

(3)

当然のことながら、ラインハルトも、キルヒアイスも、全くの競馬初心者だ。
・・・貴族のたしなみとしての競馬なら、少しはわかる。
しかし、提督達が夢中になっているのは、どうも社交場としての競馬場ではないようだ。
姉上と一緒に行ったときは、もっと、競馬場というと大人の落ち着いた雰囲気があったように思うのだが・・。
そう思いつつ、いつものようにソースかつをほおばるビッテンフェルトを不思議そうに見るラインハルトだった。
・・・その雰囲気を敏感に察して(こう言うときだけは敏感なのだ・・・)ミッターマイヤーが精一杯の笑顔で言う。
「閣下、少し説明致しましょう」
「ああ、頼む・・・おれの知ってるところとはかなり違うので・・・」

「まずはじめに申し上げておかねばならないのは、ここは社交場ではないということです」
ふむふむ、と若い二人ーラインハルトとキルヒアイスーが頷く。
「ここでは人々は、ロマンと利殖を追求します」
「ロマンと・・・利殖?」
「はい、つまり、あれです」
ミッターマイヤーが指した先には・・・競馬新聞を熱心に読みふけるワーレン、なにやら妖しげなモバイル用のソフトを駆使して当たり馬券を占っているルッツ、コインを投げて今日の運勢を占うファーレンハイト、そして鉛筆片手に「どれにしようかな?」をくりかえすビッテンフェルトの姿があった。
「・・・あれがロマンですか?」
少々異様な雰囲気に飲まれつつ、キルヒアイスがつぶやく。
「小銭へのロマンか・・・ファーレンハイトらしい」
わかったのかわからないのか、ラインハルトもつぶやく。
「・・・あれはどちらかというと、利殖です」
ミッターマイヤーが苦笑する。
「閣下・・・ロマンというのは、小官やミッターマイヤーのように、仔馬たちに夢を託すことをいうのです」
ロイエンタールが、少し自慢げに言う。

自分はあんな競馬オヤジとは違う!という自負がそこにある。
・・・先を争って馬券を買う姿を愛しい?ミッターマイヤーには見せたくないばっかりに、パソコンによる馬券購入システム(PATといいます)を利用して要領よく馬券を買っていることには、あえて触れないロイエンタールであった。

しげしげとレーシングプログラムをながめるラインハルトとキルヒアイスに、ミッターマイヤーが続ける。
「一日、12レースくらいが行われます。馬にもクラスがありまして、今からあるレースは新馬戦といいます。初めてレースに出る馬だけのレースです。バイエルラインの馬もこれに・・・」
「ミッターマイヤー!」
突然、ラインハルトが大きな声で叫ぶ。
「は、はい、閣下?」
「なぜこの馬とこの馬とこの馬の父親は一緒なのだ?」
・・・ビッテンフェルトが、最初の時に言ったことと同じ問いだ。
やはり、競馬初心者は同じことで驚くのだな、とミッターマイヤーは、なんだかほほえましくなる。

「それは・・・」
と、ミッターマイヤーが答えようとすると・・・
「そうか、わかった、同じ畑から生まれたのだな」
ラインハルトが、大きな声で言って、にこりと笑う。
「は、はあ?」
・・・先日から、ミッターマイヤーの自制心はどこかへ消えてしまったらしい。
敬愛する上官の前では出さないような声を思わず出してしまう。
「人間がキャベツだから、馬はきっとにんじんから生まれるに違いない、そうだろう?キルヒアイス」
「・・・・・・」
キルヒアイスも無言で、この金髪の実質上の宇宙の支配者を見つめる。

(この人は・・・本当に知らないのか?それとも知らないふりをしてこちらをからかっているのか?)
真剣に考え出すミッターマイヤー。
自分だって、赤ちゃんがキャベツから生まれないことぐらい知っているのというのに・・・・
(あんたを基準にしてどうする?既婚者だろうが・・・)←作者の声

「閣下、赤ちゃんがどこから生まれるか、ご存じですか?」
ロイエンタールがおもしろそうな、からかうような声で言う。
ラインハルトは、そんなことは知っている、といわんばかりの自慢げな顔で言う。
「キャベツ畑だろう?」
・・・それまでの展開から想像できた答えではあった。しかし、実際にラインハルトの形のいい唇からその言葉が出てくると、さすがの歴戦の猛将達も固まってしまう。
そんな部下の困惑と、困ったようなキルヒアイスの表情など全く気にかいせず、ラインハルトは続ける。
「だからおれは、先日ミッターマイヤーにキャベツの種を送ったのだ。早く元気な赤ちゃんが生まれるように、と・・・」
「種から育てるのは難しいのです、閣下」
ロイエンタールがまじめな顔で言う。
「やはり苗を送って差し上げないと・・・」
「ロイエンタール!!」
ミッターマイヤーがあわててロイエンタールを止める。
そして、金銀妖瞳の親友に向かって、「閣下をからかうのはやめろ」と、小声で言う。
「おれは真実を教えて差し上げようと思っただけだ」
「卿が言い出すと、話がややこしくなる。幼稚園の子どもに大学の入試問題を教えるようなものだ・・・それに、真実を教えるのなら、キャベツの苗は関係ないだろう?」
「ああ、あれは冗談だ」
「だから、このままでは冗談ではなくなる」
「・・・そうだな、まあ、おいおい教えて差し上げるとしよう」

・・・・・・その後、周知のようにこんなラインハルトの方がなぜかミッターマイヤーよりも早く父親になる機会が来たことは、「フェザーンの大いなる奇跡」と呼ばれるようになるのだが・・・。

それはまた、別の話。

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馬が、馬が、出走しないの!!(;_・)
どうしてこんな展開になるのよ・・・(^◇^;)