(4) バイエルラインはわくわくしながら、パドックに陣取っている。 自分の馬も出走する。閣下の馬も、おまけに閣下と同じ名前の馬も、だ。 まずは自分の馬をしっかり応援しなければ。 自分の馬ファーレンハイトは、12頭出走する中で4番人気。 「いいじゃないか。初めての出走でその人気ならたいしたものだ」 と、愛する?ミッターマイヤー閣下もほめてくださった。 きっと、今日は敬愛する閣下と同じ名前を持つ水色の瞳の提督の前で、すばらしい走りを見せてくれることだろう。 否応なしに広がる期待・・・。 「ファーレンハイトは落ち着いているなぁ」 ミッターマイヤーが感心したように言う。 「この前見たときはもっとチャカチャカ(競馬用語で落ち着きのない様子をこういう風に言います)していたのにな」 「・・・どこで、この馬を見たんだ?ミッターマイヤー」 ・・・と、さりげなく聞くロイエンタール。しかし、心中は穏やかではない。 「あ、ああ。トレーニングを見に行ったんだ」 「・・・誰と?」 「そりゃあ、バイエルライン・・・」 言ったあと、ミッターマイヤーは「しまった!」という顔をしたが、もう遅い。 「ほう・・・卿はやけに最近バイエルラインと仲がいいのだな」 そう言う声が、隠せないくらいに震えている。 「ふ、副官とのコミュニケーションを図るのは当然だろう!」 「なら卿はバイエルラインだけではなく、ビューローやドロイゼンやジンツァーともちゃんとコミュニケーションを図っているのだろうな?」 「う、うん・・・もちろんじゃないか」 「ほう、卿がそんなに気が多いとはな。思っても見なかったぞ・・・」 「ロイエンタール!誤解を招くような言い方はやめろ!」 「おれは一向にかまわん。その結果、お前が他の男に・・・」 「だからその話はやめろって!・・・みんながなんと思うか・・・」 もちろん、もう提督方もラインハルトも、キルヒアイスでさえも、しっかり聞き耳をそばだてている。 そして、しっかり誤解している。 (なあ、ミュラー) (はい、なんでしょう、閣下) (あの二人はいつもああなのか?) (はあ・・・・・・いつも、というか、もうこちらも慣れてしまった、というか・・・) (・・・確かに、馬を見るよりもこっちがおもしろいな、なあ、キルヒアイス。そう思わないか) (は、はい・・・確かにそうですね、ラインハルト様・・・) 誤解は、説かれるどころか、ますます深まっていく。 そこにパドックからバイエルラインが帰ってくる。 「閣下、もうすぐ・・・」 そこまで言って、敬愛する上官が様子が違うことに気がつく。 あわててビューローが、バイエルラインを引き寄せる。 (今はやめておけ、バイエルライン) (だって、もう出走ですよ。閣下にあの勇姿を見ていただかなくては・・・) バイエルラインは、密かに期待していた。 一番にゴールに飛び込む、自分の馬。 「やったな、バイエルライン!」 そう言って、自分をきゅっ、と抱きしめてくれる上官・・・。 何しろ、閣下はここではいささか態度が大胆になられるから・・・。 そのためには、まずはパドックの勇姿から・・・ そして、入場も、スタートも、二人一緒に見たい! それを、いつもいつもあの金銀提督は邪魔ばかり・・・。 戦場ではいつも的確な状況判断を示すバイエルラインだが、ミッターマイヤー閣下のことになると状況判断どころか、状況把握もままならない。 ・・・・・・これだから、おれの白髪は増えるのだ・・・。 そう思い、いつものため息をつくビューローであった。 「・・・な。なんだ?・・・ああ、もうすぐ出走だな、バイエルライン」 ミッターマイヤーは今更ながらバイエルラインに気がついたように、にこりと笑いながら言う。 その笑顔に、バイエルラインはもうたまらないくらい興奮してしまう。 「・・・馬主がチャカチャカ入れ込んでいて、どうする?」 と、そんなバイエルラインに冷笑を向けるロイエンタール。 しかし。 「・・・・・・」 次の瞬間、バイエルラインの目はもうターフにむいている。 いよいよ馬たちが姿を現したのだ。 珍しく無言のバイエルラインに、ロイエンタールはちょっともの足りなさを感じる。 「青二才の奴、珍しいな、なにも言い返さない」 「もうすぐお前もわかるよ、ロイエンタール」 ミッターマイヤーが笑って言う。 「馬主はみんなそうだ。初めて走る自分の子どもが心配でたまらない。勝たなくてもいいから、とみんな思うんだ」 「そうとは限るまい?」 「ああ、そうだな、金儲けのために走らせる馬主もいるからな。でもバイエルラインはそういう奴じゃない」 「だろうな」 「おい?珍しくバイエルラインに共感しているんだな」 「おれはあいつを嫌っているわけではないんだぞ。ただ、あいつがいつもお前にちょっかい出すから」 「またそう言うことを言う。・・・お前、かわいいな、オスカー」 「なにを言う」 「なんだ、もうけんかは終わりか。しかも、けんかの前よりも親密度が増しているではないか・・・あの二人は、いつもああなのか?」 二人を包む異様なオーラを感じて、ラインハルトは呆れたように言う。 「戦場や公務の時も仲がいいとは思っていたが、あそこまでとはな・・・なあ、キルヒアイス」 「そうですね、ラインハルト様。なんと言っても双璧ですから」 「あ、ああ。そうだったな」 「はい」 “双璧だから”この一言ですべてを片づけてしまったラインハルトとキルヒアイス。 (さすが、宇宙を手に入れようとされている方は違う) と、感心する?提督方だった・・・。 そんな中、ついに各馬ゲートイン。 そしてファンファーレ。 がしゃ!!とゲートが上がる。 「ああ!」 その瞬間、バイエルラインの悲鳴が響く。 「・・・・・・出、出遅れた・・・」 スタートが遅くなってしまい、すでにその時点で他の馬に離されてしまったファーレンハイト。 バイエルラインは頭を抱える。 しかし。 「・・・追いついたぞ!」 ミッターマイヤーの声がする。 その声にターフを見ると・・・ まだ20秒くらいしか走っていないのに、もうファーレンハイトは他の馬に追いつき、追い越そうとしている。 「すごい・・・」 少なくとも他の提督よりは多くの馬を見ているに違いないルッツとワーレンも驚いている。 「いけ!そのまま、そのまま!!」 バイエルラインは、思わずそう叫ぶ。 ・・・思ったよりも、落ち着いた走りだ。 「・・・これは、いくぞ」 ミッターマイヤーが小さくつぶやく。 バイエルラインには、その一言は神の声以上に心に響く。 閣下が、そう言ってくださっているのだ。きっと、勝つ! バイエルラインの顔が、勝利の確信に満ちたものに変わっていく。 ・・・疾風ウォルフの一言には千金の値がある。 すべての提督方がそう確信した一瞬であった。 |