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スタートダッシュで出遅れたファーレンハイトだが、すばらしい足でたちまちトップに躍り出る。 馬主席の提督方も、初めての経験のバイエルラインも、手に汗を握って見つめる。 そして、いよいよ最終コーナー!ファーレンハイトの足が冴える・・・ところが。 「お、おい、バイエルライン」 ミッターマイヤーが大きな声を出す。 「ファーレンハイトが曲がらないぞ・・・」 「え?・・・」 コーナーを回ると、すぐにゴールなのだが。 バイエルラインの愛する持ち馬ファーレンハイトは、勢い余ってそのままコーナーを回りきれず、コースを大きく離れてしまったのだ。 もちろん数頭に抜かれ、4位に後退してしまう。 「・・・・・・」 バイエルラインは声も出ない。 コーナーで大きくふくらみつつも、何とか曲がりきったファーレンハイトは、再び先頭の馬を追いかけ始める。 「あきらめてませんね・・・」 バイエルラインが、目を潤ませながら言う。 「ああ、いい馬だ」 ミッターマイヤーも手に汗握りながらの応援だ。 ・・・直線は約400m。追いつける距離ではない。 しかし、ファーレンハイトは必死に追いかける。 一頭、また一頭、ファーレンハイトは追い越し、先頭の馬に迫ろうとしている。 「がんばれ!!」 大きな声を出すバイエルライン。 彼の、敬愛すべき上司も、密かに「天敵」と忌み嫌っている金銀妖瞳の提督も、みんな、自分の馬を応援してくれている・・・何か、熱いものがこみ上げてくるバイエルラインであった。 (競馬って、いいなぁ・・・) しみじみと感じるバイエルライン。 ・・・しかし、提督方のこの心温まる応援も、自分の馬がお金を持ってきてくれる、という事実あってのもの、ということにはまったく思い当たらないバイエルラインであった。 そしてゴール!! ・・・ファーレンハイトは惜しくも2着であった。しかし。 「がんばりましたよね・・・」 「ああ、よくがんばった」 おそらくその場でただひとり、お金とは無縁にこの馬を応援したであろう提督ミッターマイヤーは、慰めるように言う。 「待て、ウォルフ」 「・・・どうした?ロイエンタール」 「まだわからんぞ・・・審議だ」 ・・・見ると、電光掲示板には1着・2着・3着ともなにも出ていない。 「・・・審議とはなんだ?ミッターマイヤー」 いささか忘れられていた?感のあるラインハルトが、首をかしげながら聞く。 「審議とは、ある馬に不利があったときに・・・」 「不利とはなんですか?」 とキルヒアイス。 「ああ。競馬では、たとえば他の馬に邪魔されて前に行けなかったりしたことを「不利を被った」といいます」 「ふむ」 「それで、その邪魔をした馬がわざとであったり、わざとでなくてもひどい邪魔になってしまったときは失格になります。それを会議で決めるのが審議です」 「なるほど」 「今回は、もしかしたらファーレンハイトのあのコーナーの曲がり方が問題になっているのかもしれません。となると、ファーレンハイトが失格になる可能性も」 「そんなぁ!」 バイエルラインは泣きそうな顔になる。 「・・・まあ、レースになれていない馬にはよくあることだ」 皮肉ではなしに、ロイエンタールが言う。 「まだ若い馬だからな。次もあるし、まあ、気を落とさないことだな」 「まだファーレンハイトだとは決まってません・・・おれは、信じてます」 真剣な顔でつぶやくバイエルラインである。 初めは敬愛する閣下と同じような気分を味わいたい、同じ趣味を語り合いたい・・・という、ちょっぴり不純な動機で共同馬主になったバイエルライン。 しかし、牧場ににんじんを運び、自分の手でにんじんを食べさせ・・・馬ににんじんをやるときは小さく切って、手のひらにのせて食べさせるといい、ということも初めて知った・・・成長の記録をレーシングクラブから受け取るうちに、愛着がわいてきたのだ。 かわいい。 自分の子どものようだ。 一緒に喜びを分かち合いたい。 バイエルラインの心は、そういう気持ちでいっぱいになっていた。 だから、今日も、無事帰れたことを喜び合いたい。 失格なんて、いやだ・・・。 そんなバイエルラインの肩に、ミッターマイヤーはそっと手を置く。 ・・・そのぬくもりが嬉しくて、ちょっぴり泣いてしまったバイエルラインであった。 (か、閣下・・・そんなことをされては、バイエルラインの立場が・・・ロイエンタール提督がにらんでおいでです・・・) ・・・別の意味で、心で泣いているかもしれない提督がひとり。 審議は実質5分ほど。 しかし、その時間が、バイエルラインには永遠のように思える。 |
競馬シリーズになると、銀英伝に対する思い入れ以外の、別の思い入れまで入ってきます。 なぜか今回はそれが強いので、ちょっと長め・・・すみません m(__)m おまけにベイオウルフはまだ出てこないし・・・タイトルに偽りあり(^◇^;) |