若葉のころ

(10)

ウォルフガング・ミッターマイヤーは士官学校始まって以来の秀才だ。
自分ではそう思っていないが、まわりはそう見ているらしい。
ちょっぴり恥ずかしく、ちょっぴり自慢だ。
しかし。そんな彼でも苦手な教科がある。
その中でも、特に仮病を使ってでも逃げたい科目と言えば・・・。


「それで、何でおれのところにくるんだ?」
ビッテンフェルトが苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「お前、おれをからかってるのか?」
「い、いえ、そうじゃないんですけれど・・・」
ミッターマイヤーの方も困った顔でつぶやく。
どうやら(わかってはいたことだが)完全に人選を間違えたらしい。
何でこんな時にビューロー先輩が演習に行っているのだ?
普段なら、気軽にビューローに相談できるのに・・・。

「おれよりも適任者がいる。そいつのところに相談に行け」
「だれです?」
ミッターマイヤーは、おそらくビッテンフェルトが言うであろう、
ある先輩の名前を想像しつつ聞いてみる。
「わかってるだろ?ロイエンタールだ」
「・・・はい」
やっぱり。ミッターマイヤーは心の中でつぶやく。
答えがわかっているのに、なぜか素直に相談に行くことができない。
苦手、と言うわけではないのだが・・・。

「・・・で?」
すわって、本に目を落としながらロイエンタールが興味なさそうに言う。
「だから、教えて頂きたいんです」
「おれに?」
「・・・はい、あなたに」
ふん、とロイエンタールがつぶやく。
本に目を落としたまま。

やっぱりくるんじゃなかった。
ミッターマイヤーはひそかに後悔した。

しかし、ロイエンタールはおもしろそうに笑う。
そして、ミッターマイヤーが驚いたことに・・・。
「よし、じゃあ、さっそくするか」
ロイエンタールが本を閉じ、立ち上がる。
「え?」
「試験は?近いのだろう?」
「一週間後です」
「では、一週間、おれは女の誘いを断る。そして、お前につきあう」
「は・・・い」
「そのかわりだ、それなりの報酬をいただく」
「報酬・・・ですか?」
「ああ・・・心配するな。たいしたことじゃない。一日、おれとつきあってもらうだけだ」
「え?・・・・・・はい」

ふたりが向かったのは、とある教室。
ロイエンタールの手には、音楽の入ったディスク。
ロイエンタールは、教室の真ん中に立ち、ミッターマイヤーに手を伸ばしながら言う。
「さて・・・Shall we dance?フロイライン・ミッターマイヤー」
ミッターマイヤーはむくれながら、それでもロイエンタールに手を伸ばす。
ロイエンタールはその手を優しく取り、蜂蜜色の髪の後輩を自分の方へと引き寄せる。

ミッターマイヤーはダンスが苦手だった。
しかし。
「高級士官たる者、ダンスぐらいできなくてどうする?」
との考えの元、士官学校では正規の授業としてダンスが導入されていた。
これを落とせば一年留年になるかもしれない。
それを思えば、少々の不快感も我慢できるというものだ。

背が小さいミッターマイヤーは当然のごとく女性のステップを踊らされる。
しかし。試験は男性のステップで行われる。
両方覚えなくてはならないのも大変だが、練習相手がいないのも考えものだ。

「男性のステップを練習したいんです」
そう言うと、ロイエンタールはちょっと笑う。
「では、おれが女性のステップを踊ってやろう」
「踊れるのですか?」
「ああ。あちこちのご婦人に手取り足取り教えているからな」
「・・・背が、おれの方が」
「わかってる」
ロイエンタールはすっ、と身体を組み直す。
「女性の腰のあたりに手を添えて」
「あ、はい」
「後ろに行くときはその手で女性をリードする。軽く押してやるといい」
「はい」
「そう・・・うまいじゃないか」
「あなたが踊りやすいんです」
ミッターマイヤーは思った通りを口にする。
ロイエンタールが小さく笑う。
「お前もなかなかうまいぞ」
「うそばっかり」
「うそじゃない。そうだな、もっと自信を持ってリードするといい」
「自信ですか?」
「そうだ。女はいつも男にリードされることを望んでいるからな」
「・・・女性は苦手です」
「そうなのか?」
「なに話していいか、わからないし・・・」
「・・・ガキ」
「悪かったですね」

ミッターマイヤーのリードで、ロイエンタールが小さくターンをする。

「・・・あ」
ミッターマイヤーが小さくつぶやく。
「なんだ?」
ロイエンタールの動きが止まる。
「あ・・・やめないでください」
ミッターマイヤーがささやく。
「どうした?」
「いえ・・・今、なんだか羽が生えたみたいに・・・」
「?」
「体が軽くなって・・・なんだか、このまま空まで行ってしまいそうになって」
「変な奴だな」

このまま、踊っていたい。ずっと。

ロイエンタールも、ミッターマイヤーも、そう思っていた。

ワルツのテンポが、あがる。
ウィンナーワルツの、軽い早めのテンポ。

「ウィンナーワルツは踊れるか?」
「え?いいえ?」
「では、今度はお前が女」
ロイエンタールが、ミッターマイヤーの腰に手を回す。
「簡単だからな。おれのリードについてくればいい」
「はい」

くるり、くるり、くるり。

フロアをまわりながら、ふたりもくるくると回る。
いつまでも、いつまでも。

いつまでも帰ってこないふたりを心配したワーレンとビッテンフェルトが、
あきれ顔で音楽を止めるまで、ふたりはフロアを滑るように踊っていた。



BGM:Chopin 「別れのワルツ」


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いえ、ミッターマイヤーとフェリックスのダンスを書いていたら、
どうしてもこのふたりにも踊らせたくなってしまって・・・
それだけです。はい。管理人の趣味丸出しです(;_・)