若葉のころ

(9)

「ほら、ココアだ」
ワーレンが差し出したカップを、ミッターマイヤーは素直に受け取る。
(どうしてコーヒーじゃないんだ?)と子ども扱いされたことに少々ふてくされながら。
「で?」
「で?・・・だから、それで終わりだ」
ロイエンタールが、今夜のいきさつを話している。
「中庭にカワイコちゃんを一人残しておくわけにもいかんだろう?だから連れてきた」
「だ、だれがカワイコだって?」
ミッターマイヤーが口をとがらせて言う。
「カワイイじゃないか。今の顔だって」
しゃあしゃあとロイエンタールが言う。
「おれの部屋に連れて行ったら、外野がうるさかろう?女のかわりに後輩を連れ込んだだのなんのと。だから、そういう心配が一番ないお前のところに連れてきた」
「・・・まあ、おれはいいがな」
「じゃ、今夜一晩おいてやってくれ」
「いいですよ!部屋に戻れます」
ミッターマイヤーが抗議するように言うと、ワーレンが笑いながら言う。
「まあまあ。おれたちがお前とゆっくり話したいんだ。せっかくだから泊まっていけ」
「はい?」
「おれもだが、こいつも」
ワーレンはロイエンタールをちらりと見る。
「・・・お前と話したいんだ。おれたちにつきあうつもりで、ゆっくりしていけよ」
「はあ・・・」
どうしてこの人たちは、おれなんかに興味を持つんだ?
ミッターマイヤーは、不思議なものを見るようにして、ロイエンタールを見た。
「どうした?おれは宇宙人じゃないぞ」
ロイエンタールが、ミッターマイヤーをからかうように言った。
ミッターマイヤーはうつむいた。少し、赤くなって。

30分もたたないうちに、ミッターマイヤーとワーレンはずっと前からの友人であるかのように話が弾んでいた。
「そうか、お前の戦術論はシュターデン先生か。そいつは大変だな」
「ええ、レポートでも、教科書通りに書かなくちゃいけないので」
「おれたちも苦労したな。実戦ではそうもいくまいに」
「そう思います」
熱心に語り合うふたりを、少し離れて、ロイエンタールが見つめている。

ロイエンタール自体は、何を話すでもない。
ただ、ふたりを見ているだけだ。
しかし、この時間をロイエンタールは好ましいものに思っていた。
人に興味を持つのは、久しぶりだ。
おまけに、この少年と時間が共有できることを、喜んでいる自分がいる。
愛とか恋とかいう感情とは違う。
もっと深く、もっと優しい感情が自分を支配している。
これはいったい、何なのだろう?


やがてミッターマイヤーは健康な寝息をたててワーレンのベッドを占領していた。
「・・・どうする?」
「どうするって、起こせないだろう?」
ふたりの上級生は苦笑する。
「明日、5時には起こして、部屋まで送ろう」
「ああ、迷惑かけるな」
「なあ、ロイエンタール」
「なんだ?」
「どうして、連れてきた?」
「迷惑だったか?」
「いや、迷惑じゃない。・・・だけど、珍しいと思ってな」
「なにが?」
「お前が女以外の人間に興味を持つなど信じられないことだ、と思って」
「おれにもわからん。なぜだろうな?」
「お、おい、ロイエンタール、おれにはそういうふうに言うお前が信じられんぞ」
「そうか?」
「お前にも、まだ、そういう感情があったんだな・・・いや、失礼」
ロイエンタールがにらみつけているのに気がつき、ワーレンは笑いながら手を振る。
「まあ、いいことだ」
「いいことなのか?」
「ああ、いいことだ・・・ビッテンフェルトが知ったらさぞや喜ぶだろうな」
「あいつが喜んでも、おれは別に嬉しくないぞ」
「まあ、そう言わずに」
ワーレンも嬉しそうに、ロイエンタールの肩をたたく。

こういう感情は苦手だ。今まで体験したことのない、不可思議な心の動きだ。
ロイエンタールは、しかし、その心の動きを好ましく思う自分を感じていた。


そして、朝。
ワーレンにたたき起こされ、ミッターマイヤーは急いで自室に戻っていった。

(変だな、おれ。どうして、同級生よりも先輩たちと話している方が楽しいんだろう?)
それは自分の長所ではなくもしかしたら欠点かもしれないとミッターマイヤーは思う。
自分を甘やかしてくれる存在に、無意識に頼っているのかな?


「おれはお前を甘やかしているつもりはないがなぁ」
ビッテンフェルトが首を振る。
「う〜ん、おれはよく言えないが、お前は違うんだよ」
「違うって?」
「なんというかな?おれは話していて、お前が下級生だと思ったことはない」
「え?・・・そんなにおれ、あつかましいですか?」
「いや、違うって。同じものを感じるんだよ」
「同じもの?」
「ああ。何というかな・・・きっとお前は特別なんだ」


もしここに文学的な才能のある者がいたら、こう言ったであろう。
・・・彼らはみな、同質の魂の持ち主なのだ、と。
そして、魂が呼び合うのだ、と。


「まあいいじゃないか」
ビッテンフェルトが言う。
「だからといって、同級生から浮いているわけじゃなし。誰とでも仲よくなれることはいいことだぞ」
「誰とでもって訳じゃないけど」
「いや、あのロイエンタールを陥落させただけでもたいしたもんだ。知ってるか?去年の賭けの対象はあいつだったんだぞ」
「え!?」
「もちろん勝者なしだ。いや、強いて言うなら勝者は近くに住んでいらっしゃる有閑マダムだな」
ビッテンフェルトは豪快に笑う。
「らしいですね」
ミッターマイヤーも笑う。


そのころ、ロイエンタールは“近くの有閑マダム”を胸に抱きながら、なぜかくしゃみを連発していた・・・・・・。

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ああ、本格的に終わらない・・・(;_・) どうしよう?
10は完結予定だったのに・・・どこまでも続きそうで、怖いわ、わたし・・・