若葉のころ

(11)

一週間の特訓はだてではなかったらしい。
試験当日。ミッターマイヤーはそれまでの操り人形のようなぎくしゃくした動きがとれ、優雅とは言えないまでもなめらかな動きを見せていた。
「上達したな、ウォルフガング・ミッターマイヤー」
教官のその一言に、自慢げに笑ったミッターマイヤーだった。

その週末。
「おれにつきあえ」
その約束の通り、ミッターマイヤーはオスカー・フォン・ロイエンタールと一緒に過ごしていた。
どこかに行くのか、と思っていたが、違うらしい。

「ここだ」
ロイエンタールに連れられてきたのは士官学校の裏手にある、並木道。
ここは一般にも開放され週末になるとカップルでにぎわう、という話をミッターマイヤーも聞いている。
初夏の日差しがまぶしい。
「きれいですね」
ミッターマイヤーが思ったことを素直に言う。
よく手入れが行き届いている。
「桜?」
「そうだ。知っていたか?」
「一応園芸職人の息子ですから」
「そうなのか?」
「そうなんです」
「それは知らなかった」
「園芸職人の息子が士官学校に来たらおかしいですか?」
「いや、いいんじゃないか?」
ロイエンタールは小さく笑う。
つい先日まで鼻についていた先輩のこの笑いが、なぜか今のミッターマイヤーには好ましいものに感じられる。

休日だというのに、人通りが少ない。
やはり、カップルにとっては桜の時期でないといけないらしい。
しかしそのことがロイエンタールには嬉しい。

「一日つきあってもらう」
そうは言ったが、どうしたらいいか見当がつかない。
相手が女性であれば、気の利いた会話としゃれた店があればいい。
しかし、こいつが相手では、そう言う気にもなれない。
大体、なぜあのときそう言ったのか、自分で自分が理解できなかった。
そして、なにもない桜並木を見てにこにこしているこの小柄な後輩・・・。
まあいいか。こいつの笑顔を見て、ゆっくりとした一日を過ごすのもいい。

ミッターマイヤーは桜の並木を見上げる。
立派な木だ。
さぞや春には美しい花が咲いたであろう。

「・・・先輩は、桜はお好きですか?」
「桜?」
「ええ」
「考えたこともない」
「そうですか?」
「花には興味ない」
「女性には興味あるのに?」
「後輩は、そう言うことを聞かないものだ」
「はい」
素直に返事をし、しかし、ミッターマイヤーは桜をもう一度見上げる。
「おれは、好きです。散り際がいい」
「散り際?」
「ええ。そうです」
ミッターマイヤーは一番大きな桜の木にもたれかかる。
「花だけの時よりもきれいですよ」
「風に乗って散る花びらが、か?」
女みたいなことを考える、ロイエンタールはそう思う。
しかし、返ってきた答えは違う。
「桜が散り初めて、枝に若葉が出てきて・・・」
「?」
「それまで桜色一色だった木が、薄い緑と桜色に染まって、まるで霞のような色になるんです」
「ほう?」
「そのかすれた色が好きです」
「満開の花の色ではなくて?」
「はい」
「おもしろいことを言うな」
「・・・そうですか?きれいですよ」
ミッターマイヤーは桜の木の下に座り込む。
ロイエンタールは、少し迷い、ミッターマイヤーの横に座る。
「先輩も想像してみませんか?」
「なにを?」
「春・・・散り始めた桜の木です」
ミッターマイヤーはグレーの瞳を閉じる。
少し遅れて、ロイエンタールも同じようにする。
「風が吹いてます・・・ほら、桜の花びらが」
「ああ、きれいだ」
「若葉の色と、桜色がまざって・・・」
「・・・わかる」
「薄墨みたいな色になってます・・・きれいでしょう?」
「・・・お前の瞳みたいな色?」
「え?」
「・・・全くことなるものが混ざり合うと、美しい色になるのだな 」
「・・・・・・」
「お前はきれいな瞳をしている」
「・・・・・・先輩こそ」
「ん?」
「きれいな瞳じゃないですか、宝石みたいだ」
「馬鹿なこと言うな」
「おれ、初めてあったときから思ってました。きれいな瞳だって」
「・・・・・・」

そのまま、ふたりは黙り込む。

そして。


ふたりは同時に息をのむ。


同時に訪れた、それは、幻影だったのかもしれない。

自分たちのまわりに、たくさんの桜の花びら。
風にふかれ、舞う。

「・・・・・・」

春の訪れとともに咲き、そして春とともに散っていく、桜。
それはあまりにはかなく、そして美しく。

めまいが起こるほどの、強烈なそれは・・・。

「・・・ウォルフガング・ミッターマイヤー・・・」
ロイエンタールが、ささやくようにその名前を呼ぶ。
「はい・・・」
「賭けを、終わりにしないか?」
「え?」
「そのまま、ほんの少しでいい、目を閉じたままで・・・」

そこにはないはずの、桜の花びらの、春の香りを、ミッターマイヤーは感じる。
そして・・・・・・。


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ああ・・・・・・やっちまった、やっちまったぁ・・・(;_・)
全く、作者の意図を全く無視して動きすぎるぞ・・・ロイさん

あ、なにがあったか読みたい人、実は秘密でUPしています。
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ただし、同人誌的内容を含みますので、自己責任でごらんください。




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