若葉のころ

(12)

「オスカー・フォン・ロイエンタール?・・・ああ、この時間は、おそらく図書室ですよ」
「ありがとう」
礼を言うと、ビューローは図書室へと向かう。

自分が留守にしている間に、ミッターマイヤーが世話になったらしい。
何があったかは話さないが、ミッターマイヤーはこう言ったのだ。
「ロイエンタール先輩は、悪い人じゃないんですね」

なら、同室の先輩として礼を言わねばなるまい。
できれば、何があったのか、聞きたい。
・・・気になることもある。

「ミッターマイヤーは落ちたらしい」
ビューローの耳にそう言う噂が入っている。
しかも相手は、あのロイエンタールだと。

本人に聞いても、ただ笑って
「・・・そうなんですか?」
というだけだ。
やけに大人びた、そのいい方が気になった。
ロイエンタールに問いたださねばなるまい。
・・・しかし、あのロイエンタールが本当のことを言うとも思えないが。

図書室の一角で、ロイエンタールは本を読んでいた。
その横顔は、全くそう言う趣味のないビューローが見てもきれいだ、と思う。

・・・視線に気がつき、ロイエンタールが目線をビューローに移す。
「保護者の登場ですか」
「ばかなことを」
ビューローは小さく笑う。
「・・・ミッターマイヤーが世話になったようだな」
「何か言ってましたか?あいつ」
「お前がいい人だ、と言っていた」
ふん、とロイエンタールが笑う。
その笑顔に彼らしからぬ感情が込められていることに、ビューローが気づく。
「なにがあった?」
「あいつが言わないのに、おれが言えるわけがない」
「まあ、それはそうだが」
「なにも、あなたが心配するようなことはしてませんので、ご安心を」
・・・それが心配なんだ、とビューローは心の中でつぶやく。
目を離すとなにをやらかすかわからないからな・・・。

ロイエンタールにはからかわれたが、本当に保護者の気分になっている自分に気づき、おかしくなる。
・・・が、表情には出さない。

「噂になってるぞ」
・・・その、質問とも詰問ともとれる言い様に、しかし、ロイエンタールは心を動かされた様子はない。
「おれの方はかまわない」
「お前がかまわなくても・・・」
「でも、少なくともミッターマイヤーのキスを狙うやつはこれでいなくなる。
あいつも少しは安心するでしょう」
「まあ、それはそうだが」
「それとも、まさか、品行方正のビューロー先輩も狙っていた、とか」
「馬鹿なことを言うな!」
図書館であることを忘れ、ビューローが厳しい、大きな声を出す。
「・・・冗談ですよ。お父さん」
ロイエンタールが立ち上がる。
「今のあなたは、まるで娘をどこかのろくでなしに寝取られた父親のような顔をしている」
「・・・そうか?」
「ろくでなしは退場します。では」
そう言うと、ロイエンタールは早足で図書室をあとにする。
「おい・・・娘を寝取った、ろくでなし、だと?」

結局、望む答えは見つからない。

ビッテンフェルトなら、何か知っているかもしれない。


「ビッテンフェルト?あいつならジムですよ。暇さえあれば身体鍛えてるから」
「ああ、ありがとう」
礼を言うと、ビューローはジムへと向かう。
全く、あいつのせいで落ち着かない日だ。


「ロイエンタールとミッターマイヤー?ああ、ダンスの練習をしてました」
「ダンス?」
そういえばミッターマイヤーが言っていたことを思い出す。
苦手なダンスの試験が近い、とぼやいていた。
「一週間で見違えるようにうまくなった。やっぱり運動神経がいいな、あいつは」
「で?」
「試験が終わった次の日、ふたりで出かけましたよ」
「ふたりで?・・・どこへ?」
「それが変わってるんです。桜並木」
「花が咲いていないのに、か?」
「ほんと、おかしな奴です」

ビッテンフェルトの話では。
あまり遅いので見に行ってみると、ふたり、大きな桜の木の下で眠りこけていた。
お互いにもたれかかって。手をつないで。
「手を?」
ビューローがいぶかしげに聞く。ビッテンフェルトが、おかしそうに言う。
「珍しいな、と思って。ロイエンタールが男と手をつなぐなんて。
あ、大丈夫、まるで兄弟みたいに見えた」
「兄弟ね・・・」

兄弟ですんでいればいいのだが。

結局、ここでもわからない。

ビューローはもう一度、ミッターマイヤーに聞くことにした。
それが一番の早道かもしれない。

「え?」
「だから、なにがあったんだ?」
いつになく真剣な表情のビューローが、ミッターマイヤーにはおかしい。
つい吹き出してしまう。
「笑うな。真剣に心配してるんだぞ」
・・・本当に、これでは年頃の娘を持つ父親と同じだ。

「桜を見に行ったんですよ」
「それはビッテンフェルトから聞いた。二人して昼寝してたそうだな」
「ええ」
「それで?」
「それで?」
「それだけか?」
・・・ミッターマイヤーは答えない。ビューローはますます心配になってくる。
「あのなぁ」
「・・・なにもないですよ。ただ」
「ただ?」
「きれいに重なれたんですよ。おれたち」
「重なれた?」
「はい」
ミッターマイヤーはそのまま黙ってしまった。
ビューローも押し黙ったまま、ミッターマイヤーの横顔を見ている。

「・・・賭けは終わったのか?」
ビューローのこの問いに、ミッターマイヤーは小さく頷いただけだった。


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・・・・・・ノーコメントです。ははは(^^;;   書いてて、なんだか気恥ずかしくて・・・・・・

次くらいで終わるかも。というよりも、終わりたい・・・。
これ以上書いていたら、キャラがみんな暴発しそうで・・・(^^ゞ