(14) この週末、ミッターマイヤーは帰宅しないという。 (そういえばこいつ、このごろ家に帰ってないな) まあ、15にもなって家にへばりついているのがおかしいのかもしれないが。 「ビューロー先輩はどうされるんですか?」 「おれは帰らない。帰っても邪魔になるだけだからな」 「そう、なんですか?」 「・・・そうだな、卒業前には一度帰るかもしれん」 「ああ、そういえばもうすぐ卒業なんですね」 ミッターマイヤーは少し寂しそうに言う。 「お前、おれが卒業したら寂しいか?」 「え?・・・当たり前でしょう」 ミッターマイヤーがビューローを見る。 「だって・・・卒業したら前線に行くのでしょう?」 「ああ」 「そうしたら、敵と戦うのでしょう?」 「ああ」 「もしかしたら・・・死ぬかもしれないのでしょう?」 「ああ」 ビューローは淡々と言う。 「そういう道を選んだんだからな」 「そうですよね」 「常に死と隣り合わせだ。自分が死ぬか、相手が死ぬか・・・」 「・・・・・・」 でも、一人ぐらい、自分の死を悲しんでくれてもいい、とビューローは思う。 「おい、週末は一緒に出かけないか?」 「え?おれとですか?」 意外だ、という顔をミッターマイヤーはする。 「初めてですね、先輩が週末一緒に出かけようなんて言ってくださるの」 「え?そうだったか?」 「そうですよ」 そう言われれば、週末は一緒に過ごしたことがなかったな、と今更ながら思う。 こいつは、今までどんな週末を送っていたのだろう? こいつのことだから・・・。 きっと、たくさんの友人と街に買い物に行ったり、近くの女子校の女の子をからかったり。 ・・・いや、そういえばこいつが同級生と一緒に何かしているところを見たことがない。 「おい、ミッターマイヤー。お前、いつも週末はなにをして過ごしていた?」 「え?家に帰ったり、自習したり、最近はロイエンタールたちと・・・」 「どうして同級生と一緒に過ごさない?買い物に行ったり、映画を見たり」 「え?・・・それは・・・」 「お前、同級生の友だちは?」 そう、こいつは同級生の友人の話をしたことがない。 上級生の自分に遠慮して話さないのだろう、と今まで思っていた。 本当に、そうだったのだろうか? 毎日、ふたり分の靴を磨き、ベッドメイクをし、服の手入れをする。 よく頑張る一年生だ、と思っていた。いや、今でもそうだ。 何でも完璧にできる、完璧にしようと努力する。 美点だと思っていた。 ついさっきまでは。 その、人好きのする笑顔は、同級生たちに向けられたことがあったのだろうか? こいつもまた、誰も信じられない、小さな子どもなのではないか? いつも精一杯強がって、けして弱みを見せずに、生きていこうとする・・・。 同級生の前では、完璧な自分であろうとする。 人よりも小さい自分を、精一杯強く、大きく見せようとする。 いや、それはわかっていたつもりだった。 無理をして、いつも人がそう見ている自分を演じているこいつのことを。 自分の前でだけは弱みを見せてくれている、そう思っていた。 確かに、自分には見せてくれていたのだ。 だが、同じ年の友人となると、どうだろう? 「人とのかかわりが怖い」 ロイエンタールのことを、こいつはそう語った。 それは、こいつも同じだったのかもしれない。 黙りこくったビューローを、ミッターマイヤーは心配そうに見る。 「どうしたんです?」 「いや・・・」 甘えろよな、おれにも。 そう言う思いを込めて、蜂蜜色の髪をくしゃ、とかき回す。 突然のビューローの、彼らしからぬ行為に、ミッターマイヤーは目を丸くする。 でも、すぐに笑う。 「同じことをするんですね」 「そうか?」 誰と、とはビューローはあえて聞かない。 そして週末。 「なぜおれまでつきあわねばならんのだ」 と、ぶつぶつ言うロイエンタールの腕を取って、ミッターマイヤーが嬉しそうに言う。 「だって、人は多い方がいいだろ?」 「そうだ、多い方がいい」 と同意したのはベルゲングリューン。 二組の友人同士は、一緒に週末を過ごす羽目になったらしい。 言い出したのはベルゲングリューンだった。 「しかも、男同士でピクニックだと?」 ビューローも、ロイエンタールも、「何でこんなことに」という表情を隠さない。 ミッターマイヤーだけがにこにことして、昼食をバスケットに詰めている。 「いいじゃないか、お前さんのちびすけは嬉しそうだぞ」 と、ビューローの肩に手を置くベルゲングリューンだった。 ビューローにとっても、ベルゲングリューンにとっても、 おそらくこれが士官学校最後のゆっくりとした休日となる。 女の子と過ごしたり、にぎやかな街でこれからのことを忘れて騒ぐのもいいかもしれない。 しかし、こういうのもいいか、と思うビューローだった。 |
BGM:F.Chopin マズルカ23番
・・・なんとか、少し明るく改稿できました(^.^; めちゃ暗い方は廃棄!! |