若葉のころ (3)
| ビューローが遅い昼食を取ろうと学生食堂に行ったとき、 少し驚いたことにミッターマイヤーがまだそこにいた。 「よう」と声をかけると、 「ああ・・・」 と、安心したような声が返ってくる。 目の前にある食事には、口をつけた様子がない。 「何してるんだ?メシは?」 「考え事していたんです。どうしてあんなに負けたのかな?って」 「・・・あれで十分だろう?」 「損害が大きすぎて」 「仕方ないな。1年生用のプログラムではあれが限界だ」 「そんなの関係ないです。いつも有利な条件で動けるとは限らないんだから。 どんな条件であってもいいわけにはなりません」 いつもと違う、怖いくらい真剣な表情だ。こいつ、こんな顔もできたのか。 自分がアドバイスできることはしておこう。 こいつなら、きっと自分のものとしてくれるだろう。 ・・・ただし、いつまでアドバイスできるかわからんが。 こいつの方が明らかに司令官としての資質はある。 「そうだな・・・もう少し大局を見た方がいい」 「はい?」 「確かに迅速な用兵は大事だが、突出してしまっては相手の思うつぼだ。 補給のことも常に考え、相手の動きに対して、柔軟に対処する。 一つの作戦に執着していては、いつかは破綻が生じる」 「はい・・・」 「他の艦隊との連携も重要だ。一人で作戦行動を進めているわけではないからな」 「そうですね」 「命令系統の効率的な再編成も必要になる。部下が動いてくれないとどんな作戦も成立し得ない」 「・・・はい」 「常によく訓練された将兵と共に戦うわけではないからな。 お前の今日の作戦は、高度に訓練された兵だったならもっと効率よく勝利を収めただろうさ」 「・・・まだまだ学ばねばならぬことが多い、と言うことですね」 「そう言うことだ。今のうちにたくさんのものを見て、たくさんのものを吸収することが大切だ」 「・・・わかりました」 「数多くのシミュレーションを見て研究するといい。図書館に行くと、ここの先輩の記録が閲覧できる」 「先輩のもありますか?」 「おれ?ああ、おれのは参考にならん。惨敗だったからな。 そうだな・・・去年の1年生のを見るといい。参考になるものがあるぞ」 「だれのです?」 「オスカー・フォン・ロイエンタールの記録がいい」 オスカー・フォン・ロイエンタール。 ミッターマイヤーは、初めてその名前を聞いた。 「いずれは宇宙艦隊司令長官か統帥本部総長として大軍を動かす身となるべき逸材」 ビューローは、自分よりも一年年上のその男をそう評した。 「ただし、人間関係で失敗しなければ」とも付け加え、意味ありげに笑った。 友だちつきあいをするわけではないのだから、その人間の人となりは今は関係ない。 しかし、ミッターマイヤーは敬愛する先輩をしてそこまで言わしめた男に興味を持った。 どんな人なのだろう? (会ってみたいな・・・) 「確かにこの用兵のスピードはすごいな。しかし、残念ながら陣容が薄い」 先刻目の前で展開された下級生のシミュレーションの記録をさっそく検討しながら、金銀妖瞳が笑う。 「部下がついていけない作戦ならたてない方がいい」 「嘆くべきは部下の無能さ、だな。シミュレーションの限界だろう?」 ワーレンがかばうように言う。 彼は、この成績をたたき出した1年生に好意を持っていた。 シミュレーションのあとのあの笑顔を見せられては、好意を持たない方がおかしいというものだ。 たとえ、その笑顔が自分に向いたものでないとしても。 「限界をわきまえた作戦を立てるべきだ。常に最高の部下がいるとは限らない。 どんな部下でもいるのだからな」 「厳しいな」 「少しの判断ミスが命取りになるということをこいつに誰か教えるべきだ。 おれが見るだけでも判断ミスが5つはある」 「お前が教えたらどうだ?ロイエンタール」 「残念ながら、おれは男には興味がないのでな」 「じゃ、おれが教えてやろうかな?」 それまで黙っていたオレンジ色の髪が、嬉しそうに言う。 「おれはこう言う元気のいいやつが大好きなんだ」 「お前が忠告したって、誰も本気にとらんぞ、ビッテンフェルト」 「同感だ。お前の方が、おそらく判断ミスの確率は高い」 二人にそう言われ、ビッテンフェルトは少しむっとした表情になる。 「・・・しかし、だ。優しい先輩としては、ここでかわいい後輩に先輩ぶりたいというところだろう?」 「いっただろう?こう言う元気のいいやつが大好きなんだ」 ・・・・・・どうやらミッターマイヤーという男は、保護したい!と言う本能をくすぐられる存在のようだ。 あのまじめくさったビューロー先輩が親身になって世話をしていると言うし、 ビッテンフェルトはまるで弟のように彼のことを話す。 まだ知り合いにもなっていないのに、だ。 自分とはタイプの違う人間のようだ。 ・・・おそらく自分の人生と彼の人生が、何らかの形で交わることはあるまい。 ロイエンタールはそう思い、それを少し寂しく思う自分を不思議に思った。 放課後、寮に帰ろうとしていたロイエンタールは、中庭で不思議なものを見た。 中庭には広い芝生があり、芝生に混じってたくさんのタンポポが咲いている。 この時期は黄色い花とふわふわの綿毛が混じり、 ロイエンタールのような人間にさえ、なにか春めいた気分をもたらしてくれる。 しかし。 今日の中庭にはタンポポ以外の、春を感じさせる存在がいた。 タンポポの咲き乱れる中、少年がすやすやと寝息をたてている。 風に、蜂蜜色のふわふわした髪がゆれている。 (噂の1年生じゃないか) そのまま通り過ぎようとしたロイエンタールの顔を、春の風がくすぐる。 一瞬、この少年から風が吹いてきたような気がして、ロイエンタールは足を止めた。 足下から、綿毛がふわり、と舞い上がる。 ・・・少年が目を覚ます。 まだ眠気が支配するグレーの瞳と、金銀妖瞳の視線が交差する。 「・・・どなたです?」 ミッターマイヤーの問いに、ロイエンタールは答えない。いや、答えられない。 彼は、この小柄な新入生から目が離せないでいた。 なぜだろう?・・・ロイエンタールにも分からないが、目を離すのが怖かった。 ミッターマイヤーは不思議な顔をして、目の前で動けないでいる先輩を見つめている。 |
| 出さないつもりだったのに・・・出さないつもりだったのに(;_・) この人はやっぱりミッターマイヤーに絡んでくるのね。 まあ、二人そろっての双璧ですから・・・。 |