若葉のころ

 (4)


「・・・どなたです?」
もう一度、ミッターマイヤーは聞く。
しかし、目の前の先輩とおぼしき人物は何も言わない。

ミッターマイヤーは自分を見つめている人物を、もう一度見る。
・・・きれいな人だ、まずそう思った。
整った顔、優雅な動作。きっとどこかの貴族の子弟なのだろう。
学年章を見ると、自分よりも一つ上、か?
・・・目の色が、左右で異なっている。まるで宝石のようだ。
・・・・・・きれいだ。素直にそう思った。

ロイエンタールは、目の前の下級生を見つめていた。
どう見ても中学生にしか見えない、幼い顔立ち。
こうして見つめている間にもくるくる動く、生き生きとしたまなざし。
自分が望んでも、持ち得ないものが、すべてそこにある。
・・・・・・いつまでも見つめていたい、ふと、そう思った。

ロイエンタールが、ミッターマイヤーの髪に手を伸ばす。
蜂蜜色の髪を一房つまみ、手でもてあそぶ。
「なにをするんですか?」
警戒するように、ミッターマイヤーがグレーの瞳でにらむ。
「・・・・・・おれなら、艦隊の一部が突出したときに攻撃を集中させる。
そうすれば、お前の艦隊は即座に瓦解する」
「え?」
「戦局の一面しか見えてなかっただろう?そこをついて、お前の艦隊の不均衡化をはかる」
「・・・・・・」
「お前のあの陣営では守勢に転じたときに隙が生じる。
そこを側面からつき、艦隊を分断する。それだけのことだ。
たったそれだけで戦局は大きく変わる。今回あのくらいの被害ですんだのは運がよかっただけだ」
「・・・では、どうすればいいのです?」
「さあな、自分で学べ」
そう言うと、ロイエンタールはミッターマイヤーの髪をくしゃ、とかき混ぜた。
そして唖然としているミッターマイヤーを残してその場を立ち去った。

ロイエンタールの姿が遠くなったあとも、ミッターマイヤーは動けない。
かの人がふれた自分の髪を一房、つまんでみる。自分の髪をかき回してみる。

「お前、何やってんだ?」
雷のように大きな声が響き、ミッターマイヤーは我に戻る。
彼のすぐ後ろに、オレンジ色の髪の巨漢が立っている。
「・・・どなたですか?」
先刻と同じ問い。
今度は返事が返ってくる。笑い声と共に。
「おれはフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト。お前の一つ上だ。
シミュレーションを見せてもらったぞ」

では、この人が2年生の名物男の一人か。
ミッターマイヤーは、自分のそれよりもかなり上にある顔をしげしげと眺めた。
「おれだったら、全艦隊をもう少し前に出す。そして一斉に攻撃だ」
「はあ」
「こちらの戦力が相手に比べて、熟練度で劣っているのは分かってるからな。
そういうときはまず一撃必殺だ。そして相手の混乱に乗じて、戦況を有利に持っていく」
「そうですか」
さっきの先輩とはかなり異なるアドバイスだ。
・・・しかし、どんなものであっても、今のミッターマイヤーにはありがたい。
「ありがとうございます」
素直にそう言って、一礼する。
「お前、見込みがあるぞ。がんばれよ」
ビッテンフェルトはそう言うと、ポンと頭をたたく。
「・・・だが、いかんせん、体格的ハンデがあるな。今度白兵戦の練習につきあってやろうか?」
「え?はい!」
「どうせなら強い相手と当たった方が効果的な訓練ができる。おれはその点、最適だぞ」
「はい・・・ありがとうございます」
「本当にいい返事をするな、えっと・・・ミッターマイヤーだったな」
「はい」
「覚えておこう。もしも10年後おれが提督と呼ばれるようになった時には、お前を幕僚の一人として迎えてやるからな」
ビッテンフェルトはそう言うと、もう一度ポンと頭をたたく。


自分はどうやら学内で有名人になっているようだ。
ミッターマイヤーはそれを自覚する。


食事をしていても、自分を見ている視線に気がつく。
同級生の見る目が違う。
昨日まで自分のことを鼻にもかけていなかった連中が、話しかけてくる。

敵意に近い視線も感じる。
それは、自分よりも年上の、おそらくは門閥貴族のものであろう視線。

「気をつけろよ」
ビューローが忠告する。
「貴族の連中は、平民が自分たちよりも優秀なところを見せられると逆上する」
「あなたも貴族でしょう?」
「おれはしがない下級貴族だからな。門閥貴族の連中とは違う。
連中は自意識だけが肥大している、どうしようもない輩ばかりだ」
「・・・結構おっしゃいますね。でも、大丈夫ですよ」
ミッターマイヤーは笑ってみせる。
「自分の身は自分で守ります」
「そうできればいいけどな」
・・・まったく、こんなだから心配なのだ。ビューローは小さく首を振る。
そして、目の前の下級生の今後を、自分のことのように心配する自分に少し驚いている。

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いろんな人との出会いが・・・こんなにみなさん、登場するはずじゃなかったのに(^.^;
みんな、出しゃばるもんだから。本当に、もう・・・