若葉のころ

(6)

夜は遅いというのに、ミッターマイヤーはまだ寝ようとしない。
心配になって(子どもじゃないのに、何を心配するんだ?と思いつつ)のぞいてみると、
ミッターマイヤーは小型端末機を操作していた。
「・・・まだシミュレーションをやっているのか?」
「はい」
「目が悪くなるぞ」
「わかってます」
そう言いながらも、手は動いている。
「・・・この光の一つ一つが」
「ん?」
「もしも実戦ならば、たくさんの命なんですね」
「そうだな」
「おれたちの指示一つで、たくさんの命が消えるんですね」
「そうだな・・・おい、どうしたんだ?」
「なにがですか?」
「急にそんなことを言い出して」
何も言わずに、ミッターマイヤーは手紙をビューローに見せる。
「なんだ?」
「親父からです。親父、おれが軍人になるのに反対なんですよ」
「・・・まあ、好んで賛成する親も少ないだろうな。結局は人殺しになるわけだから」
「先輩のところも反対だったんですか?」
「うん、まあ、うちはしがない下級貴族だからな。
一応、皇帝のおんため、ってやつもあったし。
家督を継がない次男坊・三男坊はこうするしかなかろう?」
「そうなんですか」
「ああ。そういうやつは多いぞ。
どうせ仕事をせねばならないなら、名誉ある軍人の方が家名に傷も付かない」
「貴族も大変なんですね」
「下級貴族と門閥貴族じゃえらい違いだからな・・・で?」
「え?」
「その手紙がどうした?」
「帰ってこいって、書いてあります。好んで人殺しになることはない、と」
「心優しきウォルフ坊やにはもっとふさわしい仕事があるってか?」
「からかわないでください・・・でも、そういうことです」
ミッターマイヤーは端末のスイッチを切る。そして、独り言のようにつぶやく。
「おれはそんなに優しい人間じゃないのに」

名誉ある軍人、エリートだ。・・・そうは言っても、結局は人殺しだ。

「1人を殺すと殺人犯で、1万人を殺すと英雄だ」
ビューローがつぶやく。
「なんですか?それ」
「昔の映画で、死刑になった殺人犯がそう言っていた」
「・・・・・・」
「・・・お前、どうしてここに入ってきた?」
「それは・・・どうせそのうち徴兵されるんだから、少しでも自分の運命を選択できる方がいいと思って」
「おれたちは卒業したら、運命を選択できない何万人もの命を背負うんだぞ」
「はい」
「自分の目の前にいる敵の命のことを考えていたら、背負っている命に対しての責任がとれなくなる。
少なくとも戦場では考えるな」
「はい」
「・・・一人になったときに、お前が奪った命のことも考えてやれ。お前が士官になったときには」
「・・・はい」

こいつはいい司令官になるだろう、とビューローは思う。
少なくとも、相手の血と死を欲するだけの輩にはなるまい。
おれも、こういう司令官の下で働きたいものだ。
こいつのためなら命を捨ててもいい、という兵は多いだろうな。
こいつはいやがるだろうが。
・・・だが、司令官は部下の前では弱音を吐かないものだぞ。

自分は預言者ではない。
馬鹿なことを考えている。ビューローはそう思った

「ああ、そう言えば賭の話は知っているか?」
ビューローは意識的に口調を変えて言う。
「知ってます。親切な先輩が教えてくれました」
「ほう、そのおせっかいは誰だ?」
「フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト」
「なるほど。あいつなら確かに下心はないな。で、どうする?」
「もちろん逃げますよ。おれはそんなに安くないですから」
「おれに、なにかできるか?」
「いいですよ。先輩には迷惑をかけたくない。自分の身は自分で守ります。
・・・それに、いつでも先輩がそばにいるとは限らないし」
「友軍は多い方がいいだろう?」
「そうですね」
ミッターマイヤーはいつもの笑顔に戻る。


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ちょっと短め。個人的に、ミッターマイヤーには単なる人殺しみたいな司令官になって欲しくない。
もちろん、彼はそういう人じゃないけれど。