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「今度の1年生のトップはなかなか落ちない」 2・3日もしないうちに、例の賭けに参加している学生たちの間で話題になっていた。 とにかくすばしっこい。 かわいい顔をしているのに、けんかも強い。 数人の上級生がすでに保健室送りになっているらしい。 さすがに先輩への礼儀をわきまえているのか、まだ病院送りになった男はいないらしいが。 おまけに、不利になるといつの間にかビッテンフェルトという助っ人が飛んでくる。 ミッターマイヤー本人にとってはありがた迷惑のようだが、いっこうに気にしないビッテンフェルトであった。 そして、これだけ派手にやられているのに、貴族の連中が集団で仕返しという話も聞かない。 策士ロイエンタールが裏でいろいろと手を回しているらしいが、もちろんミッターマイヤーはそんなことは知らない。 「門閥貴族と言っても、意外といさぎよいところがあるんだな」と思いこんでいるらしい。 ビューローには、もちろん、それを訂正する気はない。 身分で人を見るのではなく、人となりで判断する士官になってほしいという思いからだ。 貴族がその身分の低さ故に平民に対して選民意識を持っているように、平民にも、貴族に対する頭ごなしの侮蔑にも似た意識がある。 しかし、こいつは、ビューローが嬉しいことに、そういう偏見とは無縁だった。 「フォン」がつこうとつくまいと、友だちにもなることができる。 おまけに、いつの間にか、まわりに人材が集まってきている。 たいした奴だ、と思う。 そして、そのことが、自分のことのように嬉しい。 それからしばらくは、平和な日々?が続いた。 ビューローにとっての“平和”とは、ミッターマイヤーが何事も起こさず無事に帰ってくること。 笑顔でその日のことを、いろいろ話してくれる、ということ。 これじゃまるでお父さんだ。おれはいつからこうなったんだ? ビューローは一瞬考え、そして無駄だ、と思う。 あいつの笑顔を見れば、だれだってこうなってしまうんだろうな。 そして。もうすぐビューローたちは卒業学年最初の実戦演習へと向かう。 今までのものとは違い、より実戦的な、より危険度の伴う演習だ。期間は一ヶ月。 「ビューロー先輩はどこへ行くんですか?」 頼みもしないのに、ミッターマイヤーがビューローの荷物をまとめながら言う。 その手際を見て、(あとで全部詰め直しだ)と、ビューローはひとり苦笑する。 「おれはメルカッツ提督の艦隊だ」 「メルカッツ提督・・・?」 「ああ、経験と知識が豊富でいらっしゃる」 「経験と知識だけですか?」 「それだけで、常に最前線に出ていて、あのお年まで生き残れると思うか?」 「おいくつですか?」 「お前の3倍以上」 「それは・・・思いません」 「おれはメルカッツ提督のような軍人になりたい。柔軟で、知的で、いつも理にかなっている」 「ふうん」 「お前は?どんな軍人になりたい?」 「エルウィン・ロンメル」 さらりと、遙か昔の元帥の名前を言ってのける。 「機動力に優れていて、縦横無尽の働きで、人にこびず、へつらわず。 いつも公明正大で、部下に慕われている。常に国民と共にあった将軍ですよ」 「やけに熱を上げているんだな」 「だって、すごいじゃないですか。国民と共に、というのがいい」 臣民、ではなく、国民。さりげない一言だが、ビューローには使えない言葉だ。 もしかしたら、こいつは、単なる軍人では終わらないかもしれない。 「それは、今、健在の軍人の中には師と仰ぐべき人物はいないということか?」 「・・・というか、まだあまりよく知らないし・・・」 おれもあまり知らん、とビューローは笑った。 「それだけ名将が少ないということかな。 だが、あと数年でたくさんの名将が誕生する予定だぞ」 「先輩ですか?」 「お前たちだよ」 「冗談言わないでください」 「冗談じゃない。ここ数年、士官学校の主席はお前たちみたいな平民か下級貴族ばかりだ。 おれは身分でどうこう言う方じゃないが、貴族だからと言ってふんぞり返っている時代は終るのだろうな。お前たちが戦場に出るころには」 「そのときは、おれはビューロー司令長官の部下になりたいな」 「おれがミッターマイヤー司令長官の部下になっているかもしれんぞ」 二人は、顔を見合わせて笑う。 きっと、その願いの一つはかなうだろう、と思いつつ。 そして、頼りになる保護者、ビューローは一ヶ月の宇宙での実戦演習に飛び立っていった |
「真義なくして国が立つか!」とのちに言ったミッターマイヤーの、片鱗でも感じて頂ければ・・・。
でも、逆に見てみたかったりする。ビューロー司令官、ミッターマイヤー副官。