第1話(by みつえ)



枕元に置いている通信機の小さな振動で、ミッターマイヤーは目が覚めた。
軍用の携帯通信機。
この番号を知っている者は、ごく少数のはずだ。

ディスプレイには、よく知っている名前が点灯している。
そして、その相手の女性が、まだ若いが、どうでもいいことでこんな夜に連絡を取るよう
な女性ではないことも、ミッターマイヤーはよく知っている。

(何かあったのか?)
少し緊張して、ミッターマイヤーは通信機をONにする。

灰白色のスクリーンが小さく揺れ、セリナの小さな、美しい顔が少しずつはっきりとして
くる。
『ミッターマイヤー提督、遅くにすみません』
「いや、かまわないが。フロイライン、なにがあったのですか?」
『あの・・・ナイトハルトが、ミュラーが・・・』
それだけ聞いて、ミッターマイヤーは大体の事情を察する。

先日セリナが誘拐されたとき、ミュラーは悪魔のようになった・・・いや、悪魔になった。
ミッターマイヤーはそんなミュラーを見たわけではないが、ビッテンフェルトからその様子を聞いている。
それ以来、訓練の時、ミュラーを気をつけてみるようにしている。

射撃訓練の時にミュラーがふと見せる、以前とは違った表情が気になっていた。
目の前の標的がまるで生きている者であるかのように、ブラスターを向ける。
けして急所に一撃では倒さない。
徐々になぶり殺していくかのように、じわじわと撃っていく。
そしてそのとき一瞬見せる、恍惚にも似た至福の表情・・・。


そのことを、ミッターマイヤーは誰にも話していない。セリナを除いて。


セリナには・・・。
そう、彼女は、数週間前思いあまったような顔をしてミッターマイヤーの執務室に連絡をしてきた。


「珍しいですね、閣下。妙齢の女性からの通信ですよ」
あのときそう言って少しそわそわした表情で通話を取り次いだのはバイエルラインだった。
「妙齢の女性はおれに用事があるのだろう?卿がそんな風でどうする?」
ミッターマイヤーは苦笑しつつ執務机の上のディスプレイのスイッチを入れる。
内容は、けしてそわそわしたまま聞くことができるのではなかったのだが。


ディスプレイの中のセリナは、あの日以来ミュラーの様子がおかしいことを話した。
『ミッターマイヤー提督にしか相談できなくて・・・』
「実は、わたしも気になっていたことがあるのです、フロイライン・セリナ」
少しためらったが、ミッターマイヤーは自分が見たミュラーの様子を話した。
驚いたことに、それを聞いたセリナは安心したような表情を見せたのだ。
「フロイライン?」
『なら閣下にもおわかりですね。あの人が何かにとりつかれようとしていることを』
「・・・」
『あの人をお願いします』
「わかりました。何かあったら連絡をください」
そう言って、ミッターマイヤーは本来は軍の機密とも言うべき、自分の軍用携帯FTLへの通信方法をセリナに伝えたのだ。
「軍専用ですので、有事の際でも連絡が取れます」
『ありがとうございます、提督』
そう言って頭を下げるセリナに、ミッターマイヤーは好感を持った。
(気の強いだけではない、なかなかの女性だろうな。
ミュラーにはもったいない・・・いや、今のミュラーには必要な女性かもしれない)


そのセリナからの緊急の通信。

『ナイトハルトはブラスターを持って出て行きました』
こんな時でも、セリナの声には落ち着きが感じられる。
「どこへ行ったのか、わかりますか?」
『そこまではわかりません・・・』
「わかりました。どんな小さなことでもいいから、心当たりは?」
『そうですね・・・』
通話をしながら、ミッターマイヤーはすでに私服に着替えを終えている。
あえて私服に着替えたのは、帝国軍の最高幹部の一人である自分が軍服を着て街に出ればそれだけで騒ぎになるかもしれないことを考えてのことだった。
片手で器用に、ブラスターの中のエネルギーを確認する。
できれば使いたくないが・・・。
ミッターマイヤーの手の中のブラスターが見えたとき、セリナの表情が一瞬曇ったように見えた・・・が、すぐにいつもの表情に戻る。
「フロイライン?」
その視線に気がつき、ミッターマイヤーはさりげなくブラスターをセリナから死角になっているところに置く。
『すみません・・・ナイトハルトは、もしかしたら』
「あなたが捕らえられていた倉庫?」
『そんなことはないと思いますが』
「一応行ってみましょう・・・ミュラーは軍服?」
『私服です』
ならスキャンダルにはなるまい、そのことについては安心し、もう一つの可能性・・・私服故、犯罪行為を起こしたときに憲兵ないし警察に即座に射殺されるかもしれぬ可能性が脳裏に浮かぶ。
同じことを考えているのか、通信機の向こうの気の強い少女の表情が曇ってくる。
「大丈夫ですよ。フロイライン。わたしがついています。
ミュラーの名誉にも傷は付けない。絶対に。約束します」
あえて笑顔を作り、ミッターマイヤーは力強く言う。
『ありがとうございます、提督。・・・ミュラーをよろしくお願いします』
そう言って頭を下げるセリナを見て、ミッターマイヤーはふと思う。
(本当にミュラーにはもったいない娘だ。その気になれば、ミュラーの参謀でも務まるかもしれん)

次の瞬間、通信機の小さなスクリーンが灰色になる。


ミッターマイヤーは小さく息をつき、外へと向かう。
残された時間は少ない・・・かもしれない。
そう思いつつ。

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