第3話



ミュラーとミッターマイヤーが対峙した、そのほんの30分前。

ミッターマイヤーは官舎の前で拾ったタクシーのシートに身体を埋め、思案している。

思いのほか道が混んでいる。
公用車を使えばよかったかな?とミッターマイヤーは一瞬思い、かぶりを振る。
そうすれば、確かに現場への到着は早いだろう。
しかし、取り返しのつかないことになってしまう。
なにも起こっていなければいいのだ。
しかし、何か起こっていたら。
自分一人で事態を収拾できるだろうか?

ミッターマイヤーは携帯通信機を操作し、よく知った番号をインプットする。
呼び出し音が2・3回鳴り、少壮の弁護士のような風貌の提督の顔が浮かぶ。
『ミッターマイヤー元帥、なんですか、こんな夜更けに』
「ケスラー、卿に聞きたいことがある。今夜、オーディン市内で何か不穏な動きがないか?」
『といいますと?・・・元帥は何か情報でもお持ちか?』
「いや。・・・」
ミュラーのことを話そうか、とミッターマイヤーは一瞬思う。
しかし。
そんなことをしたら、セリナの信頼を裏切ってしまうことになる。

「ケスラー、すまないが、何か情報が入ったらおれに連絡をくれないか?」
『いいですが・・・どんな情報でしょう?』
「訳は明日話す。銃の乱射、ストリートボーイの抗争・・・そう言うことについての情報がほしい。・・・頼んだぞ」
『・・・・・・』
「どうした?」
『元帥と同じことを聞いてきた人物がいるのですよ。ストリートボーイの乱闘がないか?と
・・・わたしの職務といささかずれるので、お答えしませんでしたが』
「・・・・・・」
ミュラーだ。ミッターマイヤーは確信する。
「卿はその問いに答えなかったのだな?」
『はい』
・・・そうなると、やはり、あの倉庫にいる。

「ケスラー、大至急頼みたいことがある」
ミッターマイヤーの顔が緊張している。
その緊張が、ケスラーにも移ったかのように、ケスラーの表情も厳しいものになる。



やがて、無人タクシーは倉庫街の中へと進んでいく。
・・・闇にまぎれて、かすかに、ミッターマイヤーの鼓膜を震えさせる音・・・。
(ブラスターの発射音だ!・・・遅かったのか?)

救急車の手配と倉庫街一帯の封鎖を、ミッターマイヤーはケスラーに依頼したのだ。
ケスラーは理由はあえて聞かなかった。
ケスラーにもわかっているのだろう、とミッターマイヤーは考えた。
通信をしてきたときのミュラーの表情と、セリナが誘拐されたときのミュラーの状況と。
ケスラーならそこに何かを感じ取るはずだ・・・。

(ケスラーを巻き込みたくはなかったが・・・)
しかし、自分一人では抑えられない状況の可能性が高くなっている。
ことに、断続的に聞こえるかすかなブラスターの発射音と、風に乗ってくる血の匂い。
・・・今、ここで、尋常ならざることが起こっていることは、よくわかる。
ミッターマイヤーもだてに戦場で生き延びてきたわけではない。

倉庫街に着き、ミッターマイヤーは無人タクシーを降りる。

車を降りたミッターマイヤーはこの世の地獄を見たような気がした。
足下がぬかるむ・・・そこは大きな血だまり。
うめく、手足のないマネキンのような人の影。

「これはあいつがやったのか・・・」
ミッターマイヤーの脳裏に不吉な予感が走った。
それは急速に、確信へと変わる。
「急がないと・・・」

やがて。
死臭に満ちた空間が広がる。


「面白くないですね・・・。もっと私を楽しませてくれる人はいないのですか・・・」
そう呟いたミュラーは後ろを振り返った。
後ろには既に十数人の死体が転がっていた・・・。
誰も動かない・・・。しかし・・・
ミュラーはその死体の山の向こうに蜂蜜色の髪の男の姿を見つけることができた。


「あなたは・・・私を楽しませてくれますか・・・」
「お前は・・・!」
「あなたは・・・私を楽しませてくるのですか!」
「・・・・・・・」
「いや・・・。聞かなくてもよかった・・・。私が確かめればいいのだから!」
ミュラーの程よく筋肉のついた体が上に勢いよく飛び上がった。
「やはりこうするしかないのか・・・」

ミッターマイヤーは組み伏せられたまま、エネルギーを最小に絞ったブラスターをミュラーに向ける。
ブラスターを向けられたミュラーは楽しそうに笑う。
「打てますか?こんな近くにいる人間を」
「ミュラー」
「打てますか?エネルギーが最小と言っても、血が吹き出し、肉がはじけ、骨が砕ける。
あなたの大事な僚友を、こんな至近距離から打てますか?」
「・・・大事な僚友だから・・・打つ!!」
狙いを定め、一瞬ためらい、引き金を引く。
(ミュラー!)
ミッターマイヤーのブラスターがうなり、ミュラーの右肩を打ち抜いた。
その反動で、ミッターマイヤーの身体も床に押しつけられる。
・・・ミュラーの血が、ミッターマイヤーの蜂蜜色の髪を赤く染める。


憲兵総監ウルリッヒ・ケスラーが従卒も伴わず単身倉庫街へと乗り込んできたとき、彼の目に入ったのは、血に染まった蜂蜜色の髪と、砂色の髪。
ミッターマイヤーの足下に転がっているのは・・・。
「・・・ミュラー・・・」
「遅かったな、ケスラー」
今だ弾んでいる息を整えながら、ミッターマイヤーがうめく。
「これは・・・」
「卿の口は堅いな、憲兵総監・・・そうだ。おそらく、卿の推測は当たっている」
「ミュラーが一人でやったのですか?」
「ミュラーならざるものが、だ」
蜂蜜色の額にかかる前髪をかき上げながら、ミッターマイヤーはいささか深刻な問いをケスラーに向ける。
「どうする?憲兵総監。卿の権限で、このままミュラーを拘束するか?」

ケスラーには、答えられない。
・・・・・・このままだと、確かにミュラーに罪を問わねばならない。
答えを保留しつつ、ケスラーは違うことを口にする。
「とにかく、手当が先でしょう」
「おれの家に運ぼう。おれの艦隊の軍医を呼んである」
応急処置をしつつ、ミッターマイヤーが答える。「拘束服は?」
「おっしゃた通り、用意してあります」
「では、おれの家へ。・・・ここは、卿の部下に任せよう」
「犯人は逃走中、と・・・部下にはそう伝えます」
「逃走中・・・蜂蜜色の髪の若い男と共に、か?」
「そうです」ケスラーは笑う。
「そのうち元帥にも共犯者として捜査の手が伸びてきます・・・お覚悟を」
「その前に解決、といきたいものだな」
おそらくそれはかなわないでしょう・・・ケスラーはそう思うが、口には出さない。
ミッターマイヤーもそう考えるが、口には出せない。

「なぜ、逮捕しなかった?」
ケスラー差し回しの地上車の中でミッターマイヤーが聞く。
ケスラーはミッターマイヤーの方は見ずに答える。
「おっしゃったではないですか。これはミュラーであってミュラーならざるものだ、と」
「・・・そうだったな・・・では、どうする?」
「わかりません」
二人は、そのまま沈黙する。

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