![]() 第4話 ミッターマイヤーの官舎で手当を受け、ミュラーはベッドで眠っている。 「安らかな顔ですね」 とケスラー。 「全くだ。あんなことをしたとは思えぬ」 ミッターマイヤーは苦笑する。・・・苦いものがその表情に浮かぶ。 すでにミュラーの官舎にいるセリナには連絡をしている。 「一応ミュラーは無事です」 短く、それだけをミッターマイヤーは伝えた。 『今からそちらに来ます』 そう言ったセリナに、ミッターマイヤーは首を振って答えた。 「今はいらっしゃらない方がいい。それがミュラーのためだ」 それだけでセリナは察してくれたらしい。 『ナイトハルトをよろしくお願いします』 そう言って、小さな頭を下げた。 「さて、これからどうするかだ」 通信を切ると、ミッターマイヤーはため息をつく。 「たとえ元帥がおっしゃるように、今はミュラー提督が何かに支配されていたとしても、 彼の罪は問わねばなりますまい」 ケスラーが事務的に言う。 「おれもそう思う・・・」 ミッターマイヤーも言う。しかし、口調はけして事務的ではない。 何かを振り切ろうとするような響きがある。 しばらくの、沈黙。 口を先に開いたのは、ミッターマイヤーだった。 「たとえばミュラーの中に別のミュラーがいて、それが今回の事件を起こしたとする。 だが、我らはそれでもミュラーに罪を問わねばならない」 「・・・」 ケスラーは沈黙を守っている。 憲兵総監としての思考と、ウルリッヒ・ケスラー個人の思考が、彼の中でぶつかりあっている。 それが彼の口を重くしている。 「あのとき、誰かが言った・・・『我々も気をつけねば』と・・・ これが誰にでも起こりうることなら、なおさらミュラーには罪を問わねばならぬ」 ミッターマイヤーが口を開く。自分に言い聞かせるように、淡々と話す。 「こういう言い方は酷かもしれぬが、ミュラーを罰することで、我々の中の狂気に対しての抑止力 ・・・いや、この言い方はよくないな・・・心の中の狂気を押さえていくことができる」 「あなたの中にも、それはあるとお思いか?狂気というものが・・・」 「ある。・・・おれは、卿らと違って、自覚がある」 「・・・・・・・」 「だから、理性でそれを押さえようと必死なんだぞ」 ミッターマイヤーは笑う。 「できうるならば、ミュラーを救いたい・・・。 しかし、だ。もしもおれがミュラーだとして、おれの中のもう一人のおれが救いがたい罪を犯したとする。 それを、ケスラー、卿が『あれはおれではないものが犯した罪なので、おとがめはない』 ・・・そうおれに言う。 ・・・もしそうなったなら、おれは、おれの罪をおれ自身で裁くだろう」 ミッターマイヤーはミュラーを見る。 ミュラーは、まだ眠っている。 ・・・傷の手当ての時に、念のために施した麻酔が効いているのだろうか・・・・・・。 ミュラーから目を離し、ミッターマイヤーは話を続ける。 ケスラーに話す、というよりも、自分に言い聞かせるように。 「ミュラーもきっとそうだと思う。だから、おれたちはこの問題を曖昧にするわけにはいかない」 そして、少し間をおいて、祈るような口調で言う。 「おれはしかし、このままこいつが目を覚まさなければいいとも思っている・・・ そうすれば、なにもないまま終われる・・・」 「元帥・・・あなたらしくもない」 「・・・ケスラー、おれらしくないと言うのか?」 「はい」 「では、おれらしい、とは何だ?」 「・・・・・・」 「おれもミュラーのように心の闇を抱えている。そんなおれも、おれらしいというのか?」 ・・・自分で何を言っているのか、だんだんわからなくなる。 どうやら、自分たちも、ミュラーが取り込まれている『闇』に、少し浸食されているらしい・・・。 |