ミッターマイヤー家の休日

(3)

少し遅いお昼時。
国務尚書一家は花壇の前のベンチに座り、エヴァお手製のお弁当を広げていた。
サンドイッチ、サラダスティック、手製のソーセージ。
(本当にエヴァの料理はうまいなぁ)
お世辞抜きにそう思うミッターマイヤーである。
こうやって芝生の上で家族でくつろいでいると、いやなことを全部忘れてしまうような気がする。
子どもたちのにぎやかな声と、愛する妻の思いやりあるほほえみと。
そして、今、ここにいる自分と。

自分は幸せなのだ、とミッターマイヤーは思いたい。
いや、確かに幸せなのだ。


「ねえ、オーディンにも遊園地、あるの?」
今日は大好きな父親と一緒でいつになく嬉しそうなマリテレーゼが聞く。
「ああ」
「ファーターも行った?」
「うん、あまり行かなかったな。どちらかというと、田舎に行って遊ぶことが多かった」
「木登りとか?」
と聞くのは根っからの都会っ子、ヨハネス。
フェザーンは元々が砂漠の星ゆえ、木登りができるような木はまだ少ない。
もちろんヨハネスも、年長者たるフェリックスも、木登りの経験はない。
「木登りは得意だった。川遊びも、そういえば釣りもしたな」
懐かしそうに目を細めて、ミッターマイヤーがつぶやく。すると、
「やって見せてよ!」
とからかうように言うフレイア。
「ほら、あそこに大きな木があるわよ」


ミッターマイヤーがそちらを見ると、
なるほど、天まで届くとは行かないが、枝ぶりが非常に登りやすそうな木がある。
枝も丈夫そうだ。しかし・・・。
「でも、ウォルフには無理だよ、細すぎる」
フェリックスがちょっと残念そうに言う。
「じゃ、ヨハネス、あんた登ったら?」
と、けしかけるようにフレイアが言う。
ヨハネスはミッターマイヤーに向かって、お願いモードのうるうるお目々とともに
「ファーター・・・」とつぶやく。
ミッターマイヤーはこの目に弱いのだ。
「よし!ヨハネス、登ってみるか?ファーターが助けてやるぞ?」
「登れるかな?」
「大丈夫だ、やってみろ」
「うん!」
ふたりはにこにこ笑いながら木の根もとへと走る。
「あらあら」といいながら、エヴァが続く。
「待ってよ、わたしも行くの!」
マリテレーゼがとことこと走り出す。

そして、ベンチには、フレイアと、フェリックスのふたりが残る。
「ヨハネス、ガキだよね」
フェリックスが苦笑する。
「そうよね。・・・12にもなって木登りですって!」
「けしかけたのはフレイアだろ?」
フェリックスは笑ってみせる。
その表情は、ミッターマイヤーが見たらどきりとするくらい血統上の父親に似ている。
声変わりしたばかりの、甘いテノールの声も。

フレイアが気の強そうな表情でふん!としてみせる。
「知らないわよ!・・・あーあ、あんなに喜んじゃって、ばかみたい。
ねえ、フェリックスもそう思うでしょ?」
「うん。・・・でも、ウォルフも、若いね」
「うん。若いわよね。・・・でも、老け込んだらウォルフじゃなくなるでしょ?」
「確かにそうだ」
そのまま無言のふたり。

フレイアはフェリックスの横顔を見て、その顔がかの元帥によく似ていることに改めて気がつく。
あの日、博物館で見た映像がよみがえる。
フレイアの心まで見透かすような、金銀妖瞳の提督・・・。
映像でしかないのに、まるでそばにいるかのような、強い存在感。

同じ瞳に心惹かれるのは、血筋なのだろうか?


「ファーター、見てよ!」
ヨハネスがミッターマイヤーの頭よりも高いところまで登り、手を振る。
・・・と言っても、まだ手を伸ばせば届くくらいの高さだ。
それでもヨハネスには初めての体験だ。まるで小さい子どものようにはしゃいでいる。
「あなた、大丈夫かしら?」
こう言うときに心配するのは、いつも母親だ。
「大丈夫、おれも小さいときはああやって登っていたんだぞ」
と、こちらも父親の定番的な答えが返ってくる。
調子よく登っていたヨハネスがちょっとぐらつくと、エヴァがきゃ、と小さな声を出す。
そのたびにミッターマイヤーがささやく。
「大丈夫だよ」
「ほんとエヴァは心配性だな」
「おれの子どもだから、運動神経だけはいいはずだ」
そのたびにエヴァはミッターマイヤーに微笑んでみせる。
ええ、そうよね、あなた、と言いながら。

木のてっぺんまで登って、満足げに下にいる両親に向かって手を振るヨハネス。
それに応えるミッターマイヤーとエヴァ。
お兄ちゃんすごい、と歓声を上げるマリーテレーゼ。
そして、ベンチで見ながら少々あきれ顔のフレイアとフェリックス。

・・・・・・遊園地の樹木に登ってはいけないのだ!
と言う常識的な考えには誰も至らないミッターマイヤー一家であった。(^.^;)

BGM:“ヨハネス”・ブラームズ ワルツより

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昔、家のそばに大きな木があって、よく登っていました。
わたしにとっても、木登りは子どもの時の遊びの定番。
ターザンごっこもしていたっけ。
なんか、ミッターマイヤーってそういうことして遊んでそうなイメージありません?