ミッターマイヤー家の休日

     (5)

展望レストランでライトアップされた遊園地を見ながらのディナーというものもなかなかだ、
とミッターマイヤーは思っている。
もしかしたらこんなことは、結婚後初めてかもしれない。
いつも戦場と家の行き来だったミッターマイヤーは、エヴァとこういうデートを楽しんだことはなかった。
子どもができてからはなおさらだ。
国務尚書などと言う自分には過分な責務を負い、それどころではなかった。
思い切って休暇を取って本当によかったと思う。

美しい夜景と、目の前には夜景以上に美しい妻。
まるで小説の中の1シーンのようだ。
髪を結い上げ、ドレスアップしたエヴァは美しい。
いや、いつも美しいのだが、今日はことのほか美しい。ミッターマイヤーはそう思う。
子どもたちも口々に「今日のムッターはきれいだ」と言ってくれる。
少々甘めのカクテルを飲んだせいか、それとも子どもたちの言葉に照れたのか、
エヴァの頬が赤く色づいている。
「・・・エヴァ、きれいだよ」
「まあ、あなたまでおからかいになるの?」
「いや、からかってなんか・・・」
「お口がお上手になられたみたいね」
いつもいつも、家でもいちゃついている二人だが、今日は特にラブラブだ。
見つめ合う二人。・・・そして「勝手にやってくれ」という風の子どもたちであった。
ただでさえ疲れているのに、
年甲斐もなくいちゃいちゃしている二人を見ると、よけいに疲れてしまうような気がする。
「ねえ、夜の遊園地に遊びに行かない?」
突然フレイアが言い出す。
「・・・子どもたちだけじゃダメだぞ」
と、一応よき父親らしいことを言うミッターマイヤー。
「大丈夫だよ、大人と一緒に行けばいいんだろ?」フェリックスが意味ありげに笑う。
「ミュラー提督とビッテンフェルト提督がついてきてくれるってさ」
・・・その一言に、飛び上がらんばかりに驚いたミュラーとビッテンフェルト。
二人はミッターマイヤー家のテーブルからさほど離れていないところに陣取り、
取材活動?に専念していたところだったのだ。

「・・・やれやれ、気がついていたのか」
ミュラーが苦笑する。
「いたのか?」
今更気がついたかのように、ミッターマイヤーが笑う。
「一日取材か?ご苦労様」
「ええ、まあ・・・」とミュラー。
「知っていたくせに、本当に人が悪くなったな」とビッテンフェルト。
「で?ちびたちを連れて行けばいいのか?」
「そうだな。じゃ、取材料として子どもたちの世話を頼むとするか」

「ごゆっくり」
にこにこ笑いながら子どもたちを連れ、ビッテンフェルトとミュラーが夜の遊園地へと出て行く。
それを見送ったあとレストランに残ったふたりは、どちらともなくお互いを見つめる。
「エヴァ、もう少し飲んでいくかい?」
そうささやくミッターマイヤーの声は、結婚当時の頃と変わらない若々しさと愛情に満ちている。
でも、こんなしゃれたデートは初めてのことだ。
もう少し、もう少し、夢を見ていたい。
「あなた、ウォルフ、もう少し夜景を見ていきません?」
「そうだね」
そう言いながら、ミッターマイヤーは、夜景ではなくエヴァを見つめている。
その視線に気がつき、エヴァは少女のようにうつむいた。


「すごい!おもちゃ箱みたい!」
美しくライトアップされたメリーゴーラウンドを見て、マリテレーゼがはしゃぐ。
「ねえ、乗ってもいいの?」
「いいとも」
子どもの中で最年長のフェリックスが保護者ぶって言う。
「ほんと?じゃ、フレイアもヨハネスも一緒に乗ろう!」
最愛の妹に言われて仕方なくヨハネスとフレイアがメリーゴーラウンドへと急ぐ。
それをフェリックスとミュラーとビッテンフェルトの3人が見守る。

「お前、いくつになった?」
とフェリックスに聞くビッテンフェルト。
「14になりました」
「そうか。だんだん似てきたな」
「父にですか?」この父とはもちろん血統上の父親のこと。
「ああ。士官学校に入学した日のことを思い出すぞ」
「提督は父と同級だったのですよね」
「あいつは同級の中でも目を引いていたな。
初めは外見だけかと思っていたが、目立っていたのはそれだけではなかった。
女の扱いも、模擬戦も、あいつはぴかいちだった」
「・・・・・・」

「お前、似てないな」
「え?・・・今、似てるっておっしゃったばかりじゃないですか」
「お前はミッターマイヤーそっくりだ。ロイエンタールはそんな表情はしなかった」
「・・・・・・」
「お前の表情はミッターマイヤーそっくりだぞ」
「そうですか?」
「素直で、人を信じることができて、生きているのが楽しくて仕方ないって顔してるじゃないか。
・・・おれは一度でいいから、ロイエンタールのそんな顔を見てみたかった」
それまで黙っていたミュラーが、口を開く。
「ビッテンフェルト提督がご存じないだけですよ。
ロイエンタール提督は、ミッターマイヤー提督の前ではいつもそんな表情をされてました。
お二人きりの時だけでしたけど」
「何でそれを知っているんだ?ミュラー」
ミュラーは何も言わず、ただ、笑った。

「聞きたいんですけれど」
「なんだ?おれで答えられることなら」
「父と・・・ウォルフガング・ミッターマイヤーとオスカー・フォン・ロイエンタールは
どういう関係だったのですか?」
「どういうって、親友だろ?」
「それだけですか?」
「おい、変なこと聞くな」
ビッテンフェルトは苦笑する。
「何か噂でも聞いたのか?」
「いえ、そうじゃないんですけれど」
「わたしは親友以上だったと思っていますよ」とミュラー。
「ロイエンタール提督はミッターマイヤー提督の『かけら』だったんですよ」
「かけら?」フェリックスとビッテンフェルトが同時に言う。
「なんだ、そりゃ?」とビッテンフェルト。
「人の心って、こう、少し欠けているんだそうですよ。口が開いたみたいに。
で、そこにぴったしあうかけらを見つけると、きれいな永遠の円になるんです。
ミッターマイヤー提督はロイエンタール提督のかけらで、
ロイエンタール提督はミッターマイヤー提督のかけらだったんじゃないかな、と思っています。
二人一緒で、初めてきれいな円になる」
「じゃ、もう父はきれいな円にはなれない?かけたままで生きて行かねばならないの?」
「きれいな円になる必要ないじゃないですか」
「?」
「きれいな円になったらそこで完結しちゃうじゃないですか。それでは前に進めなくなる。
欠けているから人間は愛しい存在なんです」
「・・・難しいこと言うね」
フェリックスがため息をつく。
「ぼくは父のかけらになれるんだろうか?」
「なる必要はないですよ。あなたはロイエンタール提督ではないんですから」
「・・・ぼくは、きっと、誰かにそれを言って欲しかったんです」
そう言ったまま、フェリックスは黙り込む。

木馬の上で、マリテレーゼが手を振っている。
ミュラーに促されて、フェリックスが手を振り返す。
・・・もう、いつものフェリックスに戻っていた。


メリーゴーラウンドの点滅するライトが、フェリックスの成層圏の瞳に映っている。

BGM:ラヴェル「なき王女のためのパヴァーヌ」

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長い・・・・(^.^; まだ終わらない・・・
もう少しおつきあいください。