ミッターマイヤー家の休日

(6)

「遅いですね」
エヴァが心配そうにつぶやく。
時計の針はもう10時近い。
遊園地はもう閉園の時間なのに、子どもたちは帰ってこない。
ライトアップされた照明も、少しずつ消えようとしている。

「まったく・・・あいつら、どこでなにしてるんだ?」
この場合の「あいつら」とは、もちろん子どもたちではない。
にわか保護者のミュラー・ビッテンフェルト両提督だ。
「ご迷惑をかけているんじゃないかしら?」
「いや、それはないと思うけど・・・」
「だといいんですけれど」
「・・・ちょっと待って、エヴァ。何か聞こえる」
聞き覚えのある電子音が聞こえる。
あわててミッターマイヤーは上着のポケットを探る。
あまり使わなくなったが、今でも肌身離さず持っている高級軍人用の携帯通信機だ。
ディスプレイに文字が点滅している。
(メッセージあり)
「音声でなく文字か・・・誰だ?」
メッセージを表示してみる。

『子どもたちの身柄は、我々が確保した』

最初の一行に、少し緊張するミッターマイヤー。
しかし、それに続くメッセージに苦笑する。
「あいつら・・・これでしゃれたつもりか?」

『子どもたちの身柄は、我々が確保した。明日、朝食後には解放する。
・・・閣下には、心おきなくご夫婦の時間を過ごされることを。
哀れな保父・フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト ナイトハルト・ミュラー』

「子どもたちはビッテンフェルトたちの部屋に泊まるそうだ」
ミッターマイヤーが通信文をエヴァに見せながら言う。
エヴァはそれを声に出して読み、
「まあ、まあ、本当にご迷惑かけてしまって・・・」
とつぶやく。
「いいんだ、あいつらにはいつも迷惑かけられているから」
「またそんなことおっしゃって」
「・・・まだ、飲む?」
ミッターマイヤーがささやくように言う。
「もう結構ですわ、ウォルフ」
「飲み過ぎた?顔が赤いよ」
「・・・照明のせいよ、ウォルフ」
まるで子どものようなその口調に、思わずミッターマイヤーが微笑む。
ミッターマイヤーの笑顔につられて、エヴァも笑う。
「エヴァ・・・」
「なんですの?」
「・・・・・・しっ、目を閉じて・・・・・・」
その、子供を産んだあとでさえ変わらない細身の身体を、
ミッターマイヤーは優しく自分の方へと引き寄せた。
・・・・・・エヴァがゆっくりと目を閉じる。


二人は、これ以上ない愛情と思いを込めた口づけを交わす・・・・・・。


そのころ。同じ階の、とあるスイートルーム。


疲れ果てたヨハネスは、マリテレーゼと一緒にベッドに倒れ込んでいた。
しかし、疲れを知らない子どもと、疲れを知らない大人が二人ずつ。
カードを手に、大騒ぎを演じている。
・・・カードとなると疲れも忘れて没頭するのは、いったい誰の血か。


「ストレート!また勝ちましたよ」
フェリックスがにこにこ笑って、しかし、提督たちにとっては地獄の宣告をする。
「これでもう200帝国マルクがぼくのものですね」
「・・・おい、おれたち、こんなに弱かったか?」
ビッテンフェルトが情けない声を出す。ミュラーが力無く応えて言う。
「我々が弱いのではなく、フェリックスがつきすぎるんですよ」

帝国一の猛将と帝国一の粘り強さを誇る宿将は、目の前にいる成層圏の瞳を持つ少年に
さっきからいいようにやられていた。
これでもう何連敗か。
もうこうなると、どんな勇名も、この少年には通じない。

カードを放り投げて天井を仰ぐビッテンフェルト。そんな彼に、
「もう、やめるのですか?」
フェリックスがからかうように言う。
その言い方がちょっとかの父親に似ていて、ビッテンフェルトは思わずムキになって言う。
「やめるもんか!我が艦隊には退却の2文字はない!」
「では、もう一勝負行きますか?」
「ああ!こうなったら徹夜してでも取り戻してやる!」
「その前に破産しない?」
と、口を挟んだのはフレイア。しかし。
「女は黙っていろ!」
とビッテンフェルトに怒鳴られる。
その言い方にむっと来たフレイア。
「言ったわね!フェリックス!わたしも入れて!」
こっちも、ムキになったときの表情が父親そっくりだ。
いかにも気が強い、と言わんばかりの顔をしている。
フェリックスは実はこの表情が大好きだが、そう言うことはおくびにも出さない。
「提督方、フレイアはぼく以上の強運の持ち主ですけれど、いいですか?」
「ああ、こうなったら、まとめて面倒見てやる!」


30分後。
二人の強運にミュラーは撃沈していた。
ビッテンフェルトはトゥール・ハンマーを目の前に突きつけられたような顔をしている。


「くそ!このかりはミッターマイヤーに返してもらうぞ!」
ビッテンフェルトがうめく。
「ウォルフ、そんなにポーカー弱いんだ」
フレイアが嬉しそうに言う。
「お前らよりずっと組みやすいと思うがな。ミッターマイヤーはすぐ表情に出るんだ」
ビッテンフェルトがあきらめ顔で言う。
「こいつらの運の強さは誰の血だ?」


二人の「双璧の子どもたち」は、顔を見合わせて、おかしそうに笑った。


夜はまだまだ長い・・・。

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今日だけは、「ファーター」と「ムッター」じゃなくて、ウォルフとエヴァの夜をお過ごしください。
みつえからのプレゼントです (*^^*)