(3) フェリックスとフレイアはハイネセンにいる。 「・・・フェルは、ここに来たことあるの?」 「ない。フレイアは?」 「わたし、一度来たわ。ウォルフと一緒に」 「え?いつのまに?」 「この前よ」 ミッターマイヤーはつい最近ハイネセンを公務で訪問している。 そして、こういう公式な訪問の時、ミッターマイヤーはエヴァではなく、フレイアを伴っていくことが多くなっていた。 どこで覚えたのか同盟公用語にも堪能で社交的なフレイアは、ミッターマイヤーのファーストレディー代理として表舞台に出ることも増えてきたのだった。 どこにいても、自分を取りまいている雰囲気を、ここでもフレイアは感じる。 国務尚書の娘。 常にどこかで、守られている。 ・・・ここに来ても、そうだ。 多分父親か、ビューローあたりがすでに手を回しているのだろう。 それを今まで、けしていやなものとは思っていなかった。 ハイネセンは、空気が違う。 共和制最後の砦。 けして表だっては敵対してはいないが、オーディンやフェザーンとはやはり違う。 共和主義者はきっとこれを「自由の空気」というのだろう。 フレイアはこの空気が嫌いではない・・・が、自分の肌には合わないと思う。 生まれたときから、何かしらの枠の中で生きてきた経験しかないからだろうか? それとも、本質的に帝国側の人間であらんとするミッターマイヤーの血だろうか? フェリックスは、実の父親が死んだその地を初めて訪れる。 だから、と言って格別の思いはない。 ミッターマイヤーから聞かされていた父親の姿は、常に宇宙を駆けめぐっていた。 その最後も、ハイネセンではなく、宇宙に散った、そういう認識がある。 だから、父親が踏みしめた同じ地を踏みしめ、同じ空気を吸っていても、なにか絵空事のように思える。 テレビドラマでよくある、「父の思いをこの身に感じる」なんてことは全くないのだ。 なのに、彼のまわりは、彼に「ロイエンタールの息子」であることを期待しすぎる・・・。 まずはホテルに入り、チェックインをすませる。 すると、フロントは意外なことを言う。 「メッセージが届いております」 「・・・そう。えっと、誰から?」 どうせアッテンボローか、ウォルフの幕僚あたりからであろうと思っていた。しかし。 「ハインリッヒ・ランベルツ様からです」 二人は顔を見合わせる。 「兄様からだわ」 「だって、今、イゼルローンだろ?」 「きっとビューローあたりの差し金よ」 ハインリッヒは、ロイエンタールの最期を見取ったただ一人の人間だ。 当時14歳の幼年学校の生徒であった彼も、今年、ロイエンタールが死んだその年齢に達する。 そのハインリッヒが、明日にはハイネセンに到着するという。 「よかったじゃない。いろいろ聞けるわね」 フレイアはフェリックスの肩をたたく。 「うん・・・」 「なによ、なんだかあまり嬉しそうじゃないわね」 「うん」 フェリックスはため息をつく。 「なんだか・・・いよいよかな、って思っちゃって」 「いよいよ?」 「うん、ロイエンタール元帥のさ・・・」 あえて「父」とは言わない。言えない。 「・・・向きあわなくっちゃいけないのかな、って・・・」 「今更なにを言ってるの?ここまで来たのに」 「うん、でも・・・」 自分が、ロイエンタールの息子であることを再確認したい。 ミッターマイヤーが語るロイエンタールではなく、自分の目でロイエンタールという男を知りたい。 そういつも願っていたフェリックスだ。 でも、なぜか怖い。 ミッターマイヤーの語ることが事実ではないとは思わない。 しかし、それはウォルフガング・ミッターマイヤーというフィルターを通してのロイエンタールの姿だ。 自分が知りたいのは、親友、いや、それ以上の存在、というフィルターを通さない、ロイエンタールという男の姿だ。 でも、それを知ったことで変わるかもしれない自分が怖い。 ロイエンタールを知り、自分もフェリックス・フォン・ロイエンタールになる。 それを望んでいるのに、一方でそれをせずにすませたい自分がいる。 いつまでもミッターマイヤーの庇護下にいたい自分がいる。 そのことが、フェリックスをとまどわせ、自分でもわからぬ恐れとなっている。 |