(4) そのころ、フェザーン。 ミッターマイヤーは執務室でため息をつく。 常にハイネセンからは報告が入っているのだが、やはり気になる。 年ごろの男女二人きりの旅行だ。 いや、心配なのはそのことではない。 ハイネセンで、フェリックスは、ロイエンタールと対峙する。 自分の運命と向かい、彼は、なにを考え、なにをするのか。 ミッターマイヤーは、あの日以来何回かハイネセンを訪れたことがある。 しかし、意識的に足を向けなかった場所がある。 ロイエンタールの死んだ場所、そして、その墓所。 ミッターマイヤーは、まだ、死者となったロイエンタールに向かうことができないでいる。 不思議なものだ。 自分がこの手で、殺した。 悔いが残らぬよう、自ら手を下した。 なのに、どうしてこうも悔いが残るんだろう? ・・・気がつくと、ビューローが執務室の中にいた。 自分をじっと見つめている。 「ああ、ビューロー・・・年を取ったかな?昔のことを思い出していた」 「まだ老け込むお年ではないでしょう?」 「よく言う。50もとうにすぎたんだぞ。・・・もうそろそろ引退してもいい年だ」 「まだまだがんばって頂かないと」 ビューローは、いまだ青年士官の面差しの残る国務尚書を見つめる。 年長者が年少者をいたわるような、優しいまなざしだ。 ミッターマイヤーはそのまなざしを受け、ふわりと微笑む。 「年寄りは早く引退するに限るさ。若い者がいっぱいいる。 ハインリッヒしかり、ヨハネスしかり、フェルしかりだ・・・。アレク陛下も、もうすぐご成人されるし・・・」 「でも、フェリックスやヨハネスが軍人として独り立ちするまでは・・・とお考えでしょう?」 「お見通しか?・・・まだまだ心配なのは確かだが、いつまでも縛り付けてはおけまい? おれが身を引いた方が、あいつらものびのびできるというものだ」 「・・・覚えておられますか?閣下」 「なにを?」 「わたしが士官学校を卒業したときのことです」 「え?・・・ああ、忘れない」 あのとき、ビューローは言った。 もしもミッターマイヤーが自分の手にかけて死んだ者のために泣くときは・・・。 「もう時効だろ?あのときの約束など」 「・・・そんなことはありません」 「しかし・・・卿も、大切なものを失ったのだろう?あの日」 ミッターマイヤーは思い出す。 ドアの向こうで、自ら命を絶ったビューローの旧友ベルゲングリューン。 ビューローのあのときの、悲痛な叫びが今も耳に残っている。 「おれは・・・友の死に間に合わなかった。卿は、目の前で友を失った。 どちらがより重いか・・・。それを考えると、卿には甘えられぬ。そう思ってきた」 「・・・閣下」 「その、・・・もしも、おれがロイエンタールを討たなければ、ベルゲングリューンは死ぬことはなかったし・・・」 「そうやって、すべてを背負って、ヴァルハラまで行かれるおつもりですか?」 「いや・・・なにを言い出すんだ?」 「わたしもベルゲングリューンを止めることができなかった。悔いが残るのはわたしも一緒です」 「悔い・・・いや、そうではない。違うよ、ビューロー・・・」 ミッターマイヤーの口調は、いつの間にか昔の下士官の時のものに、いや、士官学校の時のものに戻っている。 「悔いがあるんじゃない。悔いじゃなくて、その・・・」 もっと違う、何か。自分の半分が失われたままの、この喪失感。なんといえばいいのか。 「・・・わかります」 ビューローはミッターマイヤーの肩に手を置く。昔、そうしたように。 あのときの、ビューローの優しい声がよみがえる。 『お前が、お前の手にかかったもののために泣くときは、一人の時だけにしろ』 『・・・おれがそばにいてやれるなら胸を貸してやってもいい』 『泣かなきゃ、お前じゃないぞ』 「・・・・・・そのときは・・・胸を貸してください・・・」 「閣下?」 「・・・忘れていた、忘れていたよ、ビューロー・・・」 ミッターマイヤーは目がしらを押さえる。 「胸は・・・貸さなくてもいいから・・・そばにいてくれないか?」 「・・・はい、閣下・・・」 |
管理人の「時々痛くなる病」再燃(;_・) でも、もう20年だよ。そろそろ解放してあげたい・・・。 ちょっぴり「若葉」のエピローグとリンクしてしまった(;^_^A 人の前で悲しめるミッターマイヤーより、ビューローの方が深い心の傷があるのではないでしょうか? |