(5) 夜の街の宝石のような美しさは、どこも同じだ、とフェリックスは思う。 オーディンも、フェザーンも。そして、ハイネセンも。 「若い恋人たちがよく使うホテル」というだけあって、二人が泊まるホテルは、ことに夜景が美しい。 きっとハイネセンの恋人たちは、この宝石のような光の海を見ながら愛を語り合うのだろう。 でも、きっと自分にはそういう器用なまねはできない。 「フェル、飲も!」 その声の方を見ると、フレイアがすでにワインを開け、2つのグラスにそそいでいる。 「フレイア、いくつだったっけ?」 「18はもう大人だってば。さ、飲も」 「飲み過ぎて、ぼくが狼になったらどうするの?」 「わたし、狼(ウォルフ)の娘だもの、逆にかみ殺してあげる」 「・・・こわいね」 フェリックスはフレイアの向かい側の椅子にすわる。 するとフレイアが立ち上がり、フェリックスの横までやってきてすわる。 フェリックスは、いつになくどぎまぎしている自分を感じる。 こんな自分をフレイアが知ったら、またからかわれる・・・。 「はい、フェル、乾杯しよう」 「なんに乾杯するの?」 「もちろん、共和制に」 「それ、冗談?」 「・・・わかってるじゃない」 ふたりはワイングラスをかちんとあわせる。 正直言って緊張しているフェリックスは、一気にグラスを空ける。 フレイアは、そんなフェリックスを見つめている。 (あ・・・・・・) フェリックスは、その表情が怖いくらいミッターマイヤーに似ていることに気がつく。 小さいときから感じていた、フェリックスを見つめるミッターマイヤーの視線。 父親が息子を見つめるものとは微妙に違う、その視線・・・。 二人がよく似ているのはわかっていた。 そんなフレイアがうらやましかった、子ども時代。 やがて、フレイアが小さな声で話し出す。 「ねえ、フェル」 「なに?」 「あなた、わたしのこと好きだって言ったわね」 「・・・うん、言った」 かなり勇気を出した、でも、空振りに終わってしまった愛の告白を思い出す。 「今も?わたしのこと、好き?」 「うん、今も」 「・・・それって、ウォルフの代わりじゃなくて?」 「え?なに?」 「・・・・・・あなた、ウォルフのこと、好きだったでしょ?」 「なにを言い出すの?」 ・・・一瞬、どきりとした。 「わたし、ロイエンタール元帥が好きだったの」 「知ってる。・・・知ってた」 「わたしね、ウォルフはきっとロイエンタール元帥を好きだったと思うの。 だって、わたし、あの人に会ったことないのに、あの瞳が忘れられなくなった」 「うん」 「あれを間近で見たら、きっと虜になってしまう・・・ウォルフだって」 「違うよ、フレイア。ロイエンタール元帥が、ウォルフの虜になっていたんだよ」 「あなたみたいに?」 「それは・・・」 「わたしは、ウォルフの代わりならごめんだわ」 「ぼくも、ロイエンタール元帥の代わりはごめんだ」 「・・・ねえ、わたしとウォルフと、どっちが好き?」 「もちろん、フレイアだよ。・・・きっと」 「ちょっと、気になる答え方だけど」 フレイアが微笑む。 「・・・いいわ。キスさせてあげる」 「キスだけ?」 フェリックスが微笑む。 その表情は、やっぱり今はいない父親にちょっとだけ似ている、とフレイアは思う。 「・・・キスが上手だったら、考えてもいいわ」 フレイアは目を閉じる。 フェリックスはありったけの思いを込めて、フレイアの唇に触れる。そっと、優しく。 「・・・へたくそ」 フレイアが笑いながら言う。フェリックスはとまどったようにうつむく。 「・・・でも、誰のキスよりもあったかいわ」 「・・・そう?」 フェリックスの胸は、今まで以上にどきどきしている。 ・・・そして、今度はフレイアからフェリックスの唇に触れる。 「・・・いいわ。キス以上も許してあげる」 「ほんと?」 「ウォルフガング・ミッターマイヤーの娘に二言はないわよ」 「どっかで聞いたせりふだね」 二人は、顔を見合わせて笑う。 |
・・・・・・よかったね、フェル・・・。