(6) ハイネセン2日目。 フェリックスとフレイアはハインリッヒ・ランベルツの元を尋ねた。 「二人とも大きくなったな」 ハインリッヒは笑顔で二人を迎える。 「もう二十歳だもの。」 フェリックスがにこりと笑って答える。 「たまには家に帰りなさいよ、兄さま。ムッターが待ってるわよ」 と、フレイア。 「帰りたいけど、軍務が忙しくてね」 寂しそうにハインリッヒが言う。 「フラウ・エヴァの作ったパイを食べたくて食べたくてしかたないよ」 そう言って、にこりと笑う。 その笑顔を見ていると、なぜこの人を自分の従卒に選んだのか、 ロイエンタール元帥の気持ちがわかるような気がするフレイアだった。 似ている。 顔が似ているのではない。 ふとした表情が、似ているのだ。 ロイエンタールが愛した(であろう)親友に。 この人は、尊敬する元帥閣下が自分の煎れたコーヒーを飲んでくれたとき、 きっと今のような笑顔を見せたのだろう。 ミッターマイヤーと同じ、お日様のような、ちょっとはにかんだ笑顔を。 その笑顔を、ロイエンタールはきっと好ましいものに思えたのだろう。 だから、ランベルツをそのそばに置いておいた・・・。 フレイアはため息をつく。 いつもこんなことを考えて、思考が堂々巡りになってしまうのだ。 あの人がヴァルハラに行ってもう20年になろうとしているというのに、 この存在感は、いったい何なのだろう? みんな、いまだに縛られているのだ。かの人の存在に。 「・・・・・・で、なにが聞きたいんだ?」 そのハインリッヒの声に。フレイアは我に戻る。 フェリックスが真剣な顔で言う。 「ロイエンタール元帥の最後が知りたい」 ハインリッヒは、困ったような顔になる。 「もう話すことはないよ。いつも言ってるとおり」 「それでも聞きたいんだ。 このままでは、ぼくはあの人が死んだという事実すら認識できないかもしれないから」 フェリックスは下を向き、唇をかむ。 「それに、ウォルフはまるでぼくに憎んでほしいみたいに見えるし」 ・・・父親のことを話すたびに、ミッターマイヤーは言っていた。 誰も悪くなかった。自分がお前の父を討った。 それは、止めることができたかもしれないのにそれをしなかった自分の罪だ、と。 (恨むならおれを恨め。討つならおれを討て) グレーの瞳は、そう言っているように聞こえた。 そんなことができようはずもないのに。 あの、グレーの瞳を見てしまうと、どうしてそんなことができよう? フェリックスは、自分の思いを振り払う。 「あのとき、一番そばにいたのはハインリッヒ兄さんだから、話してほしいんだ」 フェリックスのその表情から、ハインリッヒは彼の心中をかいま見た、と思った。 「わかった」 「・・・わたし、席はずすね」 フレイアが部屋を出て行こうとする。すると、フェリックスが止める。 「一緒にいて」 「いいの?」 「隠すようなことはないと思うし、フレイアだって聞きたいでしょ?」 「うん、それは・・・」 「じゃ、一緒にいよう」 「・・・そうね。わたしも知りたいし、聞きたいもの」 フレイアにとって父親は、いつも優しく包んでくれる存在だった。 昔戦場で多くの人をヴァルハラに送ったと言われてもぴんと来なかった。 その、お日様のような、大好きな父親の顔が曇るのはあの名前を呼ぶときだけ。 父親が“ロイエンタール”ではなく、“オスカー”と呼ぶのが不思議だった。 どんなに親しい提督でも、ミッターマイヤーはいつも敬意を込めて姓で呼ぶ。 しかし、彼にだけは違った。 「ファーターはあの人をいつもそう呼んでいたの?」 大好きなミュラー提督に聞いたとき、ミュラーは砂色の瞳を少し揺らしていった。 「生きてらっしゃる時はそうは呼ばれておられませんでした」 死者は死んでからは、そのイメージが変貌する。 利点だけが語られ、悪しき点は忘れ去られる。 しかし、ミッターマイヤーはよき点も、悪しき点も、すべて忘れようとしない。 そして、それらをすべて含めて、ロイエンタールという一個人を愛しているように思えるのだ。 死者にとらわれていては未来へと進むことはできない、と 前にギムナジウムの先生から聞いたことがあった。 では、ミッターマイヤーはすでに未来へ向かうことを放棄しているのか。 もう20年もたつというのに。 ・・・娘として、いや、ミッターマイヤーを愛する一人として、 それはあまりにもせつなく、悲しい事実だった。 その思いは、フェリックスも同じ。 「ぼくが憎んであげれば、ウォルフは救われるのかな?」 ・・・・・・つい、漏らしてしまう。 |