(7) 「ロイエンタール元帥はずっとミッターマイヤー元帥を待っておられた」 ハインリッヒが思い出すように目を閉じる。 「おれはずっとフェルを抱いたまま同じ部屋で待っていた。 ウィスキーのグラスを出して、ふたり分グラスに注いで・・・」 「フェルのお母さんは?」 ・・・フレイアが、ためらいながら聞く。 「おれにフェルを預けて出て行った。でも、フェルはおれの胸の中で笑っていた。 ああ、この赤ん坊はきっと愛されて育ったんだ、そう思ったよ」 「ぼくは、笑っていたの?」 「うん。かわいい赤ちゃんだった。丸々としていて、ほっぺが桜色で。 もし疎まれて育ったのなら、あんなに笑わないし、あんなに人なつっこくないだろう?」 そして、ハインリッヒはフェリックスを見て、笑って言う。 「お前は不思議な赤ちゃんだったよ。 どんなに泣いていても、ミッターマイヤー元帥があやすとにこにこと笑った」 「ふ、ふうん・・・」 ちょっと照れくさくなるフェリックス。 「フェルは小さいときからウォルフ一筋だったのね」 からかうようにフレイアが言う。 「うるさい」 ちょっとすねたように言うフェリックスだ。 「・・・ぼくの母さんはどんな人だったの?」 「・・・きれいな人だったよ。それに、聞いているような人じゃなかった」 「聞いているような人?」 「ロイエンタール元帥を陥れた人と聞いていた。愛してもいないのに子を身ごもって・・・」 ハインリッヒはちらりとフェリックスを見る。フェリックスの顔が少しこわばっている。 「でも、ロイエンタール元帥に会いに来たそのときの顔は憎んでいる人間を見る顔じゃなかった。 おれはまだ小さかったけれど、『この人はロイエンタール元帥を愛しているんだ』ということは感じた」 「・・・ぼくの前だから、そう言うんじゃないの?」 「違う!」 珍しくハインリッヒはムキになる。 「お前がどう思おうと、お前の母親はお前を愛していたし、ロイエンタール元帥を愛していた。 そうでなければ、お前はあの日の前に死んでいたんじゃないか、と思っている」 「どうして?」 「好きでもない男の赤ちゃんと一緒に暮らす、それだけの生活力も生命力もあの人にはなかったよ」 「・・・・・・」 「お前を置いて部屋を出て行くとき、最後にお前を抱きしめて、おれに育児用品一式を渡していった。 『ミッターマイヤー元帥によろしく・・・』そう言ってような気がしたけれど、声までは聞こえなかった」 「じゃあ・・・ぼくは愛されていたんだね?」 「ロイエンタール元帥も、きっと。そうでなければ、お前をミッターマイヤー元帥に託しはしない」 「うん・・・」 「・・・よかったわね」 フレイアがフェリックスを後ろから抱きしめる。 突然のことに、フェリックスが驚いている。 「なに?」 「だって、ずっと思っていたでしょ?自分は愛されてないって。自分の両親に」 「うん」 「よかったわね。きっとあなた、愛されて育ったのよ。 たった2時間かそこらの出会いだったけれど、あなたの父親もあなたを愛してくれたのよ」 「うん」 「ウォルフも、ムッターも、みんなあなたを愛してるわよ」 「うん」 「・・・わたしも、ハインリッヒも、ヨハネスも、マリテレーゼも・・・」 「うん・・・」 声が出ない。泣きたいのに、声が出ない。 嬉しいのか、そうでないのか。よくわからない。 ハインリッヒは、そっと部屋を出る。 「あ、ランベルツ閣下。国務尚書閣下からFTLが入っています」 「あ、ありがとう」 通信兵からの伝言に一応礼を言い、ハインリッヒは苦笑する。 全く、そんなに心配ならついてくればいいのに。 あの人はやっぱり“超”のつく親ばかだ。 『どうだ?』 心配そうなミッターマイヤーの顔がそこにはあった。 「大丈夫ですよ。二人とも元気です」 『そうか・・・』 「でも・・・」 『でも?なんだ?』 「もしかしたら、閣下は一気におじいちゃんになるかもしれませんよ」 『は?・・・おい!まさか、あの二人・・・』 「冗談ですよ。でも、フレイアがやけに積極的ですよ」 『それはいつものことだ。誰に似たのか、あいつの異性関係は結構派手だぞ』 「実の父親が娘に言うせりふではないですね」 『守るべき所は守ってるからな。そこはおれそっくりだ』 「どっちなんですか?」 『相手がフェルだったらまあ許せるかも・・・な。それより』 ミッターマイヤーの顔がまじめになる。 『あいつら、もう行ったのか?』 「どこへです?」 『あいつの墓へ、だ』 「だって、どこにあるか知らないのでしょう?」 『ワーレンも、ゾンネンフェルスも知っている。あいつらに会わせれば一発だろ?』 「閣下もご存じなのでしょう?」 『当たり前だ。・・・まだ行ったことはないが』 「・・・では、なぜ閣下が教えて差し上げないのです?」 『・・・怖いからさ』 ミッターマイヤーは半分笑い、半分まじめな顔で答える。 『フェルがおれから離れていってしまうだろ?フレイアを連れて』 もう連れて行ってしまってるじゃないですか? そう言ってやりたいハインリッヒだったが、さすがに言えなかった。 |