(8) 『親愛なるお父様(ファーター) 思えば、あなたをファーターと呼ぶのは、ほんとうに久しぶりです。 いつのまにか、わたしはあなたを「ウォルフ」と呼ぶようになっていました。 いえ、「いつのまにか」というのは正しくないでしょう。 わたしはあの日以来、あなたのことを「ウォルフ」と呼ぶようになったのですから。 今、わたしはハイネセンに来ています。 こういう挨拶もおかしいですよね。 あなたの、全宇宙を駆けめぐるネットワークにかかれば、わたしがいつどこでなにをしているか、 手に取るようにわかるでしょうから。 こうやって、昔ながらの紙に書く手紙もおかしいですよね。 FTLを使えば、いくらでも直接話もできましょうに。 でも、わたしは手紙を書きたかったのです。 昔ながらの手紙を好んだ、あなたの娘だからでしょうか。 それとも、あなたと直接お話をするのが怖いからでしょうか? 明日、あの人のお墓に行きます。 あの人がどんな花が好きだったのか、よくわかりません。 だから、黄色い薔薇を持っていきたいと思ってます。 ファーターは笑われますか?それとも、あきれていますか? 大丈夫、ちゃんとつぼみを持っていきますから。 ハインリッヒ兄様は、 「お墓といっても、もしかしたら元帥のご遺体も、ご遺品も、なにもないかもしれない」 と言います。 かの人は、宇宙に還っているのかもしれないと。 それでも、自分の目でお墓を見、自分でたった一つの事実を認識しないと前へと進めない、 わたしも、フェルも、そういう弱い人間です。 かの人は、もうこの世から消えて20年にもなろうというのに、なんという存在感でしょうか。 ・・・でも、ファーター。 わたしの知っているかの人は、あくまであなたというフィルターをとおしてのかの人です。 そしてその姿は、ほんとうに魅力的で、ほんとうに悪魔的なまでに人を引きつけます。 そう考えると、20年という月日も、あなたには関係ないのかもしれません。 最愛のファーター。 フェリックスはわたしを愛していると言います。 きっと、わたしも、フェリックスを愛していると思うのです。 でも。わたしはフェリックスの愛に応えるのが怖いのです。 不器用なフェリックスが、若い日のあなたのように花束とケーキを手にわたしに愛を告白した日、 正直言って嬉しかった。でも、わたしは皮肉ばかり言ってしまいました。 わたしには「愛されている」という自信がなかったのです。 フェリックスはずっとあなたを見ていました。 ・・・気がついていない、とは言わせません。 あなたもそれを知っていたはずです。 知っていて、あえてなにも言わなかったはずです。 あなたはフェリックスに、かつて自分のそばにいた親友を重ねていたはずです。 親友? もしかしたら、いえ、きっと、あなたとかの人の結びつきはそんな言葉では表せないくらい深く、強いのかもしれません。 、きっとそうでしょう。 だからこそ、わたしはかの人になりたかった。 そうすれば、フェリックスも、あなたも、過去から解放される、そう信じていました。 でも、それは間違っていました。 わたしは恐れています。 わたしがフェリックスの愛に応えること。 それがあなたもフェリックスも、ますますかの人の呪縛にとらわれることになってしまわないか、と言うことを。 あなたは、あなたに似ているわたしが、かの人に似ているフェリックスに抱かれることを受容できますか? かの人に似ているフェリックスが、あなたに似ているわたしにとらわれてしまうことを受容できますか? わたしは恐れています。 わたしがロイエンタール元帥の血を引く人間と結ばれることが、あなたを永遠に解放されない袋小路に追いつめてしまうのではないか、と。 あなたは娘夫婦を見るたびに、そして、かわいい孫を抱くたびに、ロイエンタールという幻影にますますとらわれていくのかもしれない。 そして、そんなあなたがフェリックスを追いつめていくかもしれない。 フェリックスは、ミッターマイヤーにもロイエンタールにもなれず、永遠にかの人の身代わりとして生きて行かねばならないかもしれない。 それを恐れています。 若い娘の戯言とお笑いください。 昔から妄想癖の強い娘でした。 思いこみも人一倍でした。 明日、ロイエンタール元帥のお墓に行くと、何かが変わるのでしょうか? ウォルフガング・ミッターマイヤー、ウォルフ・デア・シュトルム。 あなたを愛しています。 あなたの娘、フレイア・ミッターマイヤー 追伸、やっぱり共和制の水はわたしにはあいません。 わたしは、いつでも国務尚書たるあなたの娘です。』 「・・・フレイアが、ハイネセンからこんなものを送ってきたよ」 ミッターマイヤーは、たった今届いたばかりの文書をビューローに見せる。 「わたしが見てもいいのですか?」 「かまわない。・・・全く、昔から思いこみが激しくて、頑固で、自分勝手で・・・」 「・・・・・・」 「これじゃあ、おれは悪者じゃないか・・・」 「・・・・・・」 「おまけに・・・直接言えばいいものを・・・わざわざ光速通信使って文面を送らなくてもいいじゃないか・・・」 ビューローは、なにも言わずにミッターマイヤーの肩に手を置く。 「胸でも肩でも貸しますよ」 「いらない」 ミッターマイヤーは宇宙を見上げる。 ・・・その向こうには、きっとハイネセンがある。 |